記事タイトル→2008-06-17 Tue  実際十八年も生きてればいろいろあるよね記事タイトル←

とりあえず錬金術師1008くん、arcくん、4869くんお誕生日おめでとう。
まだの人もいたかもしれないがこのあたりに集中しているはずだ。
ちなみに他の人の誕生日はさっぱりおぼえていないので、
こんな記事を書くこともないだろう。たぶんね。いや何月かぐらいは少しは覚えているけどね。

それはさておき。
宮城・岩手の地震、被害にあわれた地域の方々の無事と早期復興をお祈りします。
最近いいニュースがないですね、ほんと。

地震の話。
僕は別にいまだかつて大きな地震を経験したことがなく、
それがどの程度大変なことかは本当のところさっぱりわかりません。
それは幸運なことかもしれないとも思っております。

ただ阪神大震災を経験した方とは多少話したことがありまして、
そのたびに後悔をしているという我ながら情けない話です。

小学校三年のころ、防災の日かなにかに地震の話を担任からされました。
かなり淡々と語っていらしたので、子供心に不思議に思ったのか、
「よく普通に話せるね」といった瞬間に「平気なわけがないだろ」と鋭く返されました。
改めてみると先生はやや涙ぐんでいらっしゃり、自分の愚かさを痛感しました。
小学校三年生で愚かさとかいうのかよ、という気もしますがとりあえず反省はしました。

中三のころ、クラスが一緒になったSくん。
これはひょっとしたら関係がないのかもしれませんけどね。
クラスメイトと話していたら家族の話になって、近くにいた彼にも聞いてみた。
すると「父親いないから」と。
いつもふざけているタイプの人だったので「マジ?」と聞いた直後、
彼が以前に大阪出身だと話していたことを思い出した。
私立の中高一貫校で授業料も高いから、母子家庭で入るのは結構大変のはず。
結局そのことを謝ることもなく彼は高校に進学せず。どこに行ったのかは全く知らない。

先日の飲み会。
途中からいらっしゃった塾の講師が、テレビを見ていなかったらしく今回の地震を知らなかった。
それで携帯で確認をなさっていたのだが、
そのときふと関西出身の人だったことから地震について聞いた。
とはいっても「阪神大震災は経験されたんですか?」「うん」
ぐらいの会話だったんで相手も気に留めていないかもしれませんけど、
やっぱりデリカシーに欠けた発言だったなぁと。

自分が東京人だから、というだけでは済まされないだろうなぁ。
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コメント→No.1959 コメント←

そういう大災害とかには私もあったことがありません。幸せなことですね。
そういう体験をした人には失礼ですが、そういうずっと前のことを引きずってられるんですねぇ、とそういう体験をしたことがないと思ってしまいます。

てかその小学校の先生からは道徳教育的なにおいを感じるんだがどうだろう。
2008-06-19(Thu) ・ 投稿者[穂多流] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1960 コメント←

うーん、あんまり実感がないなぁ、俺も。

柏崎の、祖父母が生前住んでた家が、塀が崩れてて、家もガタガタで、もう
取り壊すしかないんだけど、なかなか難しい、とか、
長岡の、祖父母の家が微妙に歪んでたりとか、
そのとき割れて、数が中途半端になった食器をもらったとか、
まぁ縁がないわけじゃないんだけどな。

でも、間違いなく、自分に近しい人が、突然命を奪われたら、一生引きずるわ。
地震に限った話じゃないぜ。

そういえば、日本人って、元来、天災に対しては寛容だった、みたいなことを聞いたな。
こう、まぁ仕方ないなー、みたいな感覚を持っていたとか。
どうなんだろね、そういうの。
2008-06-19(Thu) ・ 投稿者[cyclist] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1961 コメント←

>穂多流さん
場合によるだろうけど、ひょっとしたら目の前で亡くなったとか、
建物の下敷きになってしばらくは生きていたけど結局助けられなかったとか、
そういうシチュエーションはいくらでもあっただろうからね。
それに引きずっているわけじゃないかもしれないけど、
やっぱり思い出すと辛くはなっちゃうだろうしね。

「道徳〜」の部分はわからんが、それ以外のときは明るい先生だったからね。
というか問題児は殴るぐらいのひと。
たぶん泣いていたっぽいのに気がついたのも僕だけだっただろうし、
教育という目的はなくはないだろうけどそれだけではないと思う。

>cyclistさん
理不尽さでいえば交通事故もいっしょでしょうしね。
なにより「自分も巻き込まれて生き残り、一方で死んだ人もいる」
っていうのはなにか考えさせるものがあるのだと思います。
2008-06-19(Thu) ・ 投稿者[G-song] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1962 コメント←

教習所で救命処置を習った時に、教官が「私の大事な人は、私の目の前で亡くなりました。皆さんはそうなる確率を少しでも減らすためにちゃんと学びましょう」とか言ってたけど、目の前で亡くなると印象強いんでしょうかね。
しかし、去年祖母がクモ膜下出血で亡くなったんですが、その時の母親の対応とかがなんかあっけなくて、近親者が死んでもこんなもんなのかなぁと思ったわけなんです。まぁこれは理不尽な死ではありませんが。
でだ、自分にはまだ死んでも一生引きずっていくような人がいないなぁ、と思うわけです。これは悲しいことだと私は思うんですが、どうでしょう。
2008-06-20(Fri) ・ 投稿者[穂多流] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1963 コメント←

>穂多流さん
チャットでも言ったことであれだが、
やっぱり「目の前で」ってのと「自分は助かった」ってのが大きいんだと思うよ。

ちなみに大切な人が〜的なのは別にいいことでも悪いことでもないでしょう。
しかしまあ君が悲しいことだと思うならそういう人を作ればいいんじゃないかね。
2008-06-22(Sun) ・ 投稿者[G-song] ・ 編集 ・ Top

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