記事タイトル→2008-05-24 Sat  knifeのkってなんだろ記事タイトル←

あまりにも書くことが思いつかないのでずいぶん前に途中であきらめた小説をアップしてみる。

途中から手書きに変えていろいろやっていたんですけど、
紙媒体にすると細かい設定がずれたときに修正するのがどうも面倒で。

冒頭部分も冒頭部分。
確か「三人称で書く」+「視点を二つ用意する」+「繰り返しギャグを入れる」のが目標だったはず。
このあと妹視点で書くはずだった。はず。

そういえばいつからこういう「同時刻を多人数視点でみる」みたいな書き方好きになったんだろ。
そういう小説をあまり読んだことがないからかもしれない。
*


 インターホンが鳴った。少年は確認もせずに階下におりてドアを開けた。サインといくらかの現金を引き換えに、小さめのダンボールを受け取り、すぐに鍵を閉めて自室に入る。封をしていたテープを乱暴にはがし、中から品物を取り出す。刃渡り十センチほどのナイフとその革ケースだ。外気で冷えたのか、ダンボールさえひんやりと感じる。

 少年はそれらに厳重にかかっているビニールをはがそうとして、何かの気配を感じて振り向いた。しばらくその姿勢で固まり、やがてドアを開けて辺りをうかがう。誰もいるはずがない。誰も居ないからこそ、今日この日にナイフを注文したのだから。

 再びビニールをはがしにかかる。その中にナイフがあるものの、少年は鋏一つ手にしておらず乱暴にビニールを裂くのに躍起になった。力を込めて破り、ようやくその柄に触れると少年の手は震えた。金属の重さがしっかりと伝わり、ナイフを手にしたという実感が起こった。少年は片刃のナイフを光にかざしてためつすがめつ眺めた後、恐る恐るその刃に指を当てた。刀身を引かなければどんなに切れ味が良いナイフであれ切れることはない。それはわかっていたものの、その冷ややかな銀色はいかにも鋭く、危険を冒しているという確かな感覚が沸き起こってくる。東京に起こる起こるといわれる大地震が今起こったら、僕の指は飛ぶんだろうか。少年は、恐怖といくらかの陶酔で体が震えた。

 それでもいつまでもそのナイフを眺めているわけにはいかない。ビニールはまだしも、ダンボールは少年にとってイレギュラーだった。早く片付けなければ、捨ててしまわなければならない。誰にも見つからないように。

 引き出しを開け、プリントの下にナイフを埋めた。箱を捨てに行く間だけでもこのナイフから離れるというのが少年にはあまりにも惜しかった。結局再びナイフを手に取り、ジャケットの内ポケットに入れることにする。刀身はさほど長くないにせよ全体で二十センチを越える大きさだが、なんとか収まることは収まった。そして、ビニール袋にごみを詰めて、外に出た。

 ナイフを持って外出するという行為は思った以上に少年を緊張させた。五分もかからないところにあるコンビニまでいき、ごみを捨てる。そしてそのままコンビニに入ろうとしたが、足を止めた。ナイフを持ってコンビニに入るという行為は、たとえその意図がなくても強盗なのかもしれない。それ以前に、この大きさのナイフを持ち歩くことが犯罪であることは認識しており、少年は出来る限り平静を装って、それでもあたりに警戒しながら家に戻った。

 鍵を差込み、回す。そこで聞こえるはずの錠の音は鳴らなかった。少年は驚いてドアを開ける。玄関には先程までなかったはずの女物の靴があった。

 自然に閉まりゆくドアに手を添え、ゆっくりと閉める。そのまま足を忍ばせて玄関を上がり、部屋に戻ろうとしたところで少女に出くわした。
「あ、おかえり」
「あ、ああ。早かったな」

 少年の言葉を聞いて、少女はいらだったように彼女の部屋に入った。少年の一つ下、高校一年の妹だった。今日は友達と買い物に行くといって出かけていたはずだった。普段ならもう二時間は遅く帰ってくるというはずだった。だからこそ、時間をきっちり指定してネット通販を注文したのだ。

 部屋に入り、ナイフを引き出しにしまった。鍵は取り付けていない、単なる引き出しだ。部屋のドアにも鍵はなく、誰かが開ければすぐに見つかるだろう。少年はそのことが限りなく不安であったが、とりあえず今はそのことを考えないことにした。それに家族の誰かが彼の引き出しを開けるというのは、なかなか考えづらい事態だ。母にも部屋に入らないように強く言っているし、妹が僕のいない間に部屋に入っていたことなんてほとんどない。少年はそう自分に言い聞かせた。

 何しろ、税込四万九千八百円だからな。没収されたらたまらない。それにしてもまさか送料まで取られるとは。

 その金額が、家族に見つかっただけで無に帰すと考えるだけで恐ろしかった。このナイフは大切にしなければならない。金額の問題だけではなく、あくまでもその意味から。今日、やっと手に入れることが出来たのだから。


 少年は朝が弱かった。二階の台所から母が呼ぶ声でようやっと起きる。今の季節はさらにそれが顕著であり、一度目覚めても外気の寒さに再び布団に入ることがままある。そのたびに母の更なる怒声が聞こえ、それでも出てこないと不機嫌そうな妹がやってきてドアを開け、一声かけて任務を終えたといわんばかりの態度で去っていく。廊下から吹き込む冷気に耐えかねて起き出し、時計を見て慌てだすというのが定型化していた。

 今朝もまた、食事の支度を終えた少年の母はあきれたように少年を呼んだ。すぐには出てこないことはわかりきっており、早く妹に起こしに行かせようかと考え始めたとき、少年は予想に反して居間に姿を現した。また、普段は起きだしてからもぼんやりと半ば眠っているかのように重たげなまぶたを何とか開けているような顔つきであるのに、今朝はすでに冴えており、その目にはいくらかの隈が出来ているようだった。
「おはよう」
 意外ではあったがさほど驚く様子もなく、少年の母は早く朝食を摂るように言った。少年はおとなしくそれに従い、テーブルについた。

 少年は朝から、いや昨夜からナイフを眺めて過ごしていた。蛍光灯の光を浴びてそれだけでも切れてしまいそうな光を反射させ、少年を魅了し続けていたのだった。刃の腹の部分に指を当て、その冷たさが伝わるのと同時に自身の熱がナイフへと移り行くのが、自らがその鋭さを身に着けていけるようにさえ覚えるのだった。

 目覚めてすぐに引き出しを開け、少年はナイフに触れた。刃物を得た興奮とまたその危険に対する注意から、朝の弱い彼も目が冴え、よりいっそうその気高い姿を味わえるのだった。

 みねの部分を愛撫したとき、彼は自分が勃起しているのを見つけた。朝とはいえその隆起は並々ならぬものであり、驚くと同時にそれが当然であるという気もした。ナイフに性別があるのであれば、このナイフは女性であるに違いなかった。そうでなければなぜ僕がこれほどまでに魅了されるというのだろうか。

 少年はいったんナイフをしまい、机と壁との隙間からエロ雑誌を取り出した。いつ買ったものだったかは定かではないが、とりあえず見慣れたページを開き、自慰を始める。普段から、学校で不意に勃起するのを避ける意味を込めて朝に一度抜いておくのが習慣になっていた。それは快楽を求めるという意味ではなくあくまでも義務的なものであったが、この日は確かに性的な意味合いを含んでいるようだった。射精する瞬間、少年はその脳裏にナイフを描いていた。ひどく憔悴したような、それでいてどこか満ち足りたような気がしたのだった。

 ちょうど精液のついたティッシュを処理したとき、母の声が聞こえた。少年は名残惜しそうに机の引き出しを眺めた後、雑誌を元の位置にしまって居間へと向かったのだった。

 少年がテーブルに着いたのとほぼ同時に妹が姿を現した。兄がいることに少し驚いたようだったが、何もいわず食事を始める。少年も声をかけることはなく、ただ黙って朝のニュース番組を、普段とは違いゆとりを持って眺めた。番組中、通り魔の被害をアナウンサーが慣れた口調で説明する。現場は少年が乗り換えに使う駅で、物騒な話だと他人事のように思った。実際、少年にとって他人事には違いなかった。

 それでもナイフという音声は少年に影響を与えた。一瞬箸を止め、まじまじと画面を眺める。凶器の画像が報道されるはずもなく、ニュースは気象情報へと移行した。
「あぶないね。通り魔だって」
 少年の母は顔を少し強張らせた。
「気をつけなさいよ」
「大丈夫だって」
 少年は苦笑する。
「深夜の話だろ? 朝とか夕方は人が多いから逆に安心だって」
「そうだろうけど」
「ごちそうさま」

 少女はそういって立ち上がり、居間を出て行った。少年も同様に立ち上がり、部屋に戻って学校に行く支度を始める。

 ナイフを持っていくかどうかは最後まで迷ったが、万が一にも警官に呼び止められるのが恐ろしくなって結局机に入れた。出かける直前までその艶かしい刀身を眺め、学校にいる間の別れが惜しかった。

 駅についたころちょうど電車も到着したようだったが、少年はホームへと下りる階段をわざとゆっくりと歩き一本見送った。後ろから次々と人が追い越していく、そのせわしさに嫌気が差したような表情を浮かべた。

 ちょうど隣の電車も来ており、二本とも駅を出た後は朝のラッシュ時のホームにしては空いているといってよさそうだった。対岸のホームは人ごみが今にもあふれかえりそうで、少年はいくらかの安堵と優越感から息をついた。それでもホームに立つ少年の後ろに次々と人が来ては並んでいき、しばらくすればここもまた人にあふれることは確かだった。

 アナウンスが流れ、電車が来ることを告げた。音が聞こえ始めるのとほぼ同時にホームに電車が入ってくる。その質量と速さは確かに飛び込めば即死につながるだろうし、また自分の存在をアピール手段としても得策のように思われた。まるで他人に意識されたことのない人間が、最後に多くの人間へ影響を与える。これはひとつの完成であるように少年には思われた。ただその一歩を踏み出すつもりはなく、電車は彼にとって単なる輸送手段の一に過ぎなかった。

 ただ、今日この日に限っては、この慣れた車内も少年にとっては特別であった。いや、この慣れた車内において少年だけが特別であることが感じられた。
この人たちは昨日と何も変わらない。僕は違う。僕は確かに変わった。こいつらとは違う。

 そう思いながらも、手元にナイフがないということもまた確かだった。あの大きさの刃物を持ち歩くことは出来ないし、電車にナイフを持って乗り込むことが客観的にどれだけ危険かも承知していた。

 今僕がナイフを持っていたら、人は僕におびえるだろう。この無個性な集団の中で、僕だけが個人として認識されるに違いない。

 ナイフの姿を思い浮かべ、恋焦がれた。

 少年にとってナイフとは権利だった。ホームで踏み出す一歩に匹敵するほどの変化をその存在だけで起こせる道具であり、余裕であった。他人の命も、また自らの命もそのナイフによってコントロールできる。

 何といっても四万九千八百円だからな。それぐらいの効果があって当然だ。

 少なからず愉快な気持ちになっていると、電車は少年の目的とする駅で止まった。今朝のニュースで取り上げられた通り魔の事件があった、少年には慣れたターミナル駅だ。人の波に流されるように電車を下り、普段なら無感情に改札をくぐるだけの流れもまた変わって見えた。通り魔の気持ちが、わかるような気さえした。

 学校に着いた少年は普段どおりに過ごした。彼の通う学校は伝統のある中高一貫の進学校であった。中学受験を経験した生徒たちは普段はふざけていてもやはりどこか優秀で、その中に居られることは少年にとっては喜ばしい時間であった。

 少年はもともと中学受験を考えたこともなかったが、両親に言われるがままに小学校六年生であった時間を受験勉強で過ごした。医師である父は教育熱心であり、また体面を重んじる人であった。彼自身は九州の農家の出身であり、その環境で医者になったということを少なからず誇り、息子にもそれを当然のように要求した。当時の少年もまたそれを当然のものとみなしていた。小学生であったころ、少年は自分は頭が良いと信じて疑わなかった節もあったのだ。

 中学に入り、初めてシンプルで冷酷な現実にぶつかった。自分は特別ではないという事実は受け止めるには重いものであったが、少年はそれを受け入れ、また周りの特別な人間から何かを学びたくてたまらなかったのだ。

 六時間目の授業は倫理だった。学校にただ一人の年老いた倫理教師が、神経質に黒板に字を埋めてはその字のゆがみに耐えられず指で乱雑に消し、その上に重ね書きしていく。そのゆがみはノートを取る生徒には理解できず、ただただ黒板は半端に汚れて字がますます読みづらくなるだけだった。もっともノートを取る生徒はそう多くなく、受験にあまり関係のしないこの教科では少年もノートを取っていなかった。非常勤ゆえか年齢ゆえか、老教師は一学期のほとんどを教科書に載っていない古代ギリシャの神話について喋りとおした。学期末のテストの採点は甘く、倫理が受験に関係しない大半の生徒は寝ていたが、少年はその古代ギリシャの神々の息吹のかかったらしい教師を興味本位で眺めていた。声は通りが悪くどもりかちで、時折いびきが聞こえる以外は静かな教室でもその話は半分も聞き取れれば上等であった。

 たまたま、老教師はサルトルについて話し出した。その実存主義思想よりもノーベル賞を断ったエピソードや日本で交通事故にあった話などほとんど趣味の内容であったが、それでも「実存は本質に先立つ」というあまりにも有名な言葉は登場した。「人間は自由の刑に処されている」という言葉も。
少年の頭には、自室の机にしまったナイフが思い起こされた。そのあまりにも明確な凶器は、完成されているという点で人間よりもはるかに優れているように思えた。

 そう思いながらも手元はノートを取り、執拗に「存」という字を書き直す老教師の姿を目で追っていた。曲がったその背は小さく、今の少年には弱く見えてならなかった。
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