私小説風に書こうかと思ったけど面倒だしフィクションぽくなるので断念。
今日、三時間ほど散歩し、
家まであと三十分も無いところまできて献血をしているのを見つけました。
そういえば後輩がやっていたなぁ。
彼は看護士さんがどうこういっていたけど、
結局はやはり善意からの行動なのだろう。
まあブログや小説のネタにもなるし、
と思ってやることにすると書類を書かされる。
これが面倒。大体、海外旅行とか多すぎ。
最初はメキシコだけ書いたんですが、
説明してくれる人が「イギリスにいったことは?」と聞いてきた。
「はあ、たぶん1998年に」
「本当に?98年?96年以前だと一日でも滞在していたら駄目なんだけど」
「はあ、97年に中国にいっていてそのころに」
「中国はいいから、イギリス、いったのいつごろ?」
「ですから97年から2000年まで中国にいまして、そのころにいったんです」
「あ、そう。で、中国?はいつごろ?」
〜説明〜
「他にヨーロッパ行ったことは?」
「2005年にスペイン、03年にイタリア」
「はいはい」
「ああ、そういえば04年にフランスに」
〜記入中〜
「もう他にヨーロッパいったことは無いね?」
「無いです」
しかし後の人がタイに行ったとかアメリカに行ったとか報告していたのを聞く限り、
ひょっとしたらシンガポールやらタイ、アメリカ、カナダ、
オーストラリア、ニュージーランドについても報告義務があったのかもしれない。
いつのことだかぜんぜん説明できる気がしないのでいいけど。
そして血圧やらを測られ、隣へ。
若干血を抜かれ検査するとのこと。
なんか血を少量皿に乗せて検査薬みたいなのと混ぜてらっしゃる。
看護士「AB型ですね」
僕「は?」
看護士「いえ、ですから、AB型ですよ」
僕「Aじゃなく?」
看護士「検査結果ではABですが・・・ちょっと待ってください・・・とりあえずこの検査ではABですよ」
僕「えぇっと、それはこう、どれぐらいの精度で?99.99%ぐらい?」
看護士「まず間違いないかと。・・・・・・・・ご家族の方には・・・?」
このあたりで冷静さを取り戻し、相手が昼ドラ的展開と勘違いしてしまっていることに気がつく。
父がABである旨をつげ、それ以上特に問題は無く献血は終了。
自分の血が400mlも体外に出ているのはなかなか壮観ですな。
しかし今までA型として生きてきた。
別に血液型の正確診断等は信じていませんが、
学校の書類とかにもA型と書いていたような。
今後はAB型として、日本ではちょっぴり希少な血液の持ち主との自覚を持って生きていきたい。
たしかにね、看護婦さんって美人な人多いよ。ドクターじゃなくてナースね。前、小児科へ用事があって行ったことがありまして、別に僕自身小児科にかかったわけじゃありませんが、小児科の看護婦さん、豊満な体型をされたやさしい人もいましたけど、美人な人多かった笑。この人たち、子供好きなんだろうな・・・結婚するなら小児科のナースかな??なんて院内の椅子に座って思っていました。