記事タイトル→2007-12-22 Sat  記事タイトル←

先日。
インターホンが鳴ったので出てみると、見たことのないおばさんが画面越しに居る。
うちの近所はとある宗教の方が大変多くいらっしゃるのでそれ関連かと思ったら、
聖書がどうとか言い出しました。結局宗教か。

おばさん「聖書とかお持ちですか?」
僕「はい。たぶん三冊ぐらい」
おばさん「え?あ、そうなんですか。聖書はこの世界でもっとも特別な本なのをご存知ですか?」
僕「ああ、世界で一番出版されているそうですしね」
おばさん「それだけじゃなくその中の教えは今現在についてのことに触れているのをご存知ですか?」
僕「(おいおいMMRじゃないんだから)そういう解釈も出来るそうですね」
おばさん「エホバ様の教えが」
僕「(ちょっと驚いて)あ、旧約のほうなんですか」
おばさん「(かなり驚いて)よくご存知で。そうです。旧約聖書ではエホバがユダヤ民族を〜〜」
僕「(ユダヤ人の定義ってユダヤ教を信仰しているかどうかなんだっけかな
   昔『アドルフに告ぐ』でそんなことが書いてあったような)はあ、そうなんですか」
おばさん「聖書はお読みになりますか?」
僕「まあ教養程度に(『鋼鉄番長の密室』でキヨタカが言っていたしな)」
おばさん「それでは○○○という冊子をご存知で?」
僕「いえ、あいにくですが」
おばさん「じゃあ郵便受けのほうに入れておきますので」
僕「あ、はあ、どうも」
おばさん「また聖書についてお話できればと思います」
僕「はあ」

こういう会話を繰り広げたんですが、今思うといろいろ惜しいことをした。
もっと宗教トークを繰り広げればよかった。残念。

冊子は二冊入っておりまして、いずれも聖書についてでした。
ヨーロッパの宗教らしさがありますよね、キリスト教って。
和辻哲郎的にいうと牧場型というか、自然を支配するというか。
どうしても人間上位自然下位という感じが。
あと異教徒が死ぬのは当然、みたいな発想がにじみ出ているというか。
その点では仏教のほうが親近感が湧くというかなんというか。
戯言 ・ COMMENT[2];Top

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うちは浄土宗なんだよね。滅茶苦茶嫌いなんだよね。
誰でも南無阿弥陀仏と唱えさえすれば極楽浄土に行ける (=救われる)
とか、もうね。せめて禅宗の方が良かった。
俺は死後に救いなんぞいらんわ!!
2007-12-22(Sat) ・ 投稿者[cyclist] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1683 コメント←

>cyclistさん
浄土宗をはじめる末法思想に根ざした宗派はちょっと不思議ですよね。
いまだに信仰がある以上、やはり人間死後の世界も気にかけているわけですが、
それ以前に死後の世界が前提としてあってそこで救われる/救われないの別があるというのが。

ちなみに記事中の仏教は仏陀のいう「生きとし生けるものすべて」に対する姿勢が好きってことです。
ですので死後は僕にとってもかなりどうでもいい。
2007-12-22(Sat) ・ 投稿者[G-song] ・ 編集 ・ Top

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