米を買いにいくついでに書店に寄り、
いくらかの本をぱらぱらと見た後、
店の入り口にどこかで見たことのあるような男が立っているのに気がついた。
とっさに視線をそむけたものの、相手もこちらに気がついたようだった。
男性はしばらくためらった挙句、おもむろに声を出した。
「君はひょっとしてひょっとすると小学校のころ同級だったG-songか?」
僕はどうにかして否定しようと思ったが、
名前まで呼ばれて人違いを言い張るのはなかなか難しい。
しばし迷ったが、結局、
「そういう君はOくんかね?」といってしまった。
お互い数年ぶりに微妙なタイミングで出くわしてしまったことを後悔していた。
そもそも僕は彼と当時もさほど親交はなく、
したがって話すことなど皆目ありもしなかった。
書店に入ってしまったことをいくらか後悔していると、
彼はおもむろに聞いたことのない人名を挙げた。
「知っているか?」とたずねられたので、
天地に誓って聞き覚えのないことを述べると、
彼はあからさまに侮蔑した表情で「同級生だったやつの名前ぐらい覚えておけ」といった。
そういわれたものの少しも思い当たる節はなく、
そんな人物が同級にいたとはとても思えなかった。
とりあえず先を促すと、何でもその人物は身罷られたらしい。
かといって記憶にない人が生きようが死のうがテレビ画面の向こうの話となんら違いはなく、
どうにもリアクションに困った。
あまりにも反応が薄かったためか、彼はあきれたようにため息をついて、
「まあ帰ったら卒業アルバムでも見てくれ」といった。
僕らはそれで別れ、僕は米を買って家に帰った。
帰宅後、アルバムを開いたがやはり僕のクラスの人間ではなかった。
僕は自分のクラスの人間はともかく、他のクラスの人間は一人も覚えていない。
大体5,6年のときにしかあの学校には在籍していないし、
それまで一学年5人、15人しかいないような学校にいたのである。
急に一学年130人ほどもいて四クラスもあるような学校に来て、
そうそう人名も覚えていられない。
さて、久しぶりにアルバムを見てみると実に複雑な気分である。
大体、小1から小4にかけての写真には写っていないし、
そもそも写真を撮られるのが苦手であるため、ほとんど写っていない。
なぜ我が家に存在するのかも不思議なぐらいであった。
あきらめて文集を手にとって見ると、これはこれですごいものであった。
自分の小学校六年のときの文章である。
内容が云々を語る気はもとよりないが、
そもそも字が汚くてとても読む気にならない。
どういう文章を書いたかは記憶にないが、
表現が不適切であると担任に指摘され、
「そこを変えろというのはあんたの意見だから、
それを実行した時点でこれは僕の文章ではない」といった覚えがある。
将来の夢を見るとクラスの多数が医師ないし獣医師を志しており、
ひょっとするとなにか思想教育でもあったのではないかと思われるほどだ。
なんだか長くなりそうなのでここで割愛する。
昔話が長くなるのは歳を取った証拠かもしれない。
でも、意外に卒業後の方が、小学校の頃の同級生とは色々あったりしてね・・・・・・・・フフフ