今までに書いた小説とは、もう恐ろしいほどに文体が違います。「アルキメデスは手を汚さない」の小峰元さんに結構影響を受けていたりもします。こういう文章を書くと、あとで真面目なのに戻るのが大変なんですよね。
始まりはたいしたことじゃない。一般的に、発端はたいしたことなく始まり、事が進むに従って大事になっていくものだ。それがストーリー性ってものだし、世の中ってもんだろう?
ああ、脇に逸れそうだ。このあたりで本題に触れておかないと脱線しすぎる。多少脱線した方がいいこともあるが、長くなりすぎると読む気がうせるだろう。
始まりは二月の十四日。まあこれだけいえばすぐにわかるだろう。いまやカレンダーにも載っている国民的行事だ。二月に町を歩けばそれらしい広告が嫌でも目に入る。外国の行事を日本人が祝うことに文句を言うひとがいるが、あれは必要ない行為だね。経済効果を考えてみれば、反対する理由なんてありはしない。広告業界もにぎわうしお菓子業界もにぎわうし、ネットもその話題で当分いける。どっかのブログもやたらそれについて触れていたが、そういうネタがなくなっている人たちから見れば感謝御礼だ。
すでに脇に逸れているって? そりゃそうだ。言われなくてもわかっている。本題にどう入っていいかわからないから、こうやって思いつくままに書いてみているんじゃないか。こっちの苦労をわかってくれ。
わかった、わかった。本題に入ればいいんだろう? つまり手っ取り早く言ってしまうと、わが友人の柴田が、同じクラスの山根女史からチョコを貰ったわけだ。簡潔すぎるか。OK,回想として細かく説明しよう。
二月十四日、俺は普段と同じように学校に来た。俺のような硬派な男には、こんな行事あってもなくてもどっちだってかまいやしない。相手がいないからだろうと笑う人もいるかもしれないが、相手が仮にいたとしたら、別にこの日に固執する必要はないはずだ。毎日がバラ色になっているだろうから、わざわざバレンタインにはしゃぐ意味はないだろう。
で、普段どおり授業が終わり、意味もなくそわそわしている、どこをどう見てもチョコを貰う当てのない男子たちを横目で確認し、俺は部活に向かった。ちなみに部活は化学部。大して化学の実験もしないが、議論好きな部員が多いため、知識を養ったり、論理性を鍛えたりするのには適した部だ。
教室を出ると、廊下のところに柴田が居た。ちなみに、こいつも化学部員だ。あまりに妙な表情をしていたため、どこかおかしくなったかと心配になったほどだ。友人という手前話しかけないわけにもいかないと思い、俺は声をかけた。
「どうかしたのか?」
「・・・なあ、相談があるんだがいいか?」
こう言われて断る気にはあまりなれない。どうも俺は根がよすぎるな。
「時間ならある。相談ってなんだ?」
「ここじゃちょっと・・・部室に行かないか?」
部室には案の定誰もいなかった。部員数が少ないのもあるが、今日は本来部活の日じゃない。それでも一人か二人はいることが多いのが、この部の不思議なところだ。
「なんだ? 相談って」
俺は鞄をそこらに放り出した後、机の上に腰掛ける。柴田は顔を真っ赤にして立ちすくみながら、小さい声で何かつぶやいた。さっぱり聞こえん。
「はっきり言えって。聞こえないだろうが」
「・・・山根さんからチョコを貰った」
「・・・ほう」
ちなみに、柴田は山根女史に惚れている。理由は大昔に聞いた気もするが、興味がないため覚えていない。意外と本気らしく、彼女の前では純情な少年だ。普段はなかなか食えないやつだが。
「しかし・・・彼女はチョコをやたらと配っていなかったか? 俺の見た限りではクラスの男子の三分の一、それに彼女と同じ吹奏楽部のやつらはたいてい貰っていたようだったが」
「それはわかっている。これは確かに義理だ。それは認める」
「ならそこまで顔を赤くすることもないだろ」
「いや、これはきっかけになるんじゃないかと思って」
「きっかけ?」
「ホワイトデーで、その、告白しようかと」
ふむ。なかなか悪くない考えだ。義理とはいえ貰ったのならお返しをした方がいい。それにかこつけようという腹か。まあ柴田にしてはよく思いついたほうだ。今のままだらだらと片思いを続けても埒が明かないだろうし、ここらで玉砕した方がいい。
「いまなんか失礼なことを考えなかったか?」
勘のいいやつだ。
「気のせいだろう。応援するよ。俺は。で、何を相談すると?」
「なにをあげたらいいのかな、こういうのって」
「まだ一月も先の話じゃないか」
「いやいや、二月は二十八日しかないんだ。一月といっても四週間しかない。気を抜くとあっという間に時間が来てしまう」
「そう思うなら、なぜいつも宿題を直前にやる?」
「それとこれとは話が別だ」
まあ許してやろう。
「ちなみにどの程度のものを貰ったんだ?」
「・・・見たいのか?」
「見せられないようなものでもあるまい」
「・・・ほらっ、これだ」
意外と無造作に鞄から取り出し、放り投げてきた。小さい袋の中に、クッキーなどが入っている。ふむ、山根女史手作りってわけか。クッキーは数作るのに適している。しかしこれでは原価を推定しづらい。
「お返しというと、俗に言う、三倍返しってやつか?」
「いや、値段は問題じゃない。山根さんがどの程度の労力をかけてくれたかが問題だ」
「ホワイトデーのお返しというと・・・マシュマロとかクッキーが相場らしいな」
「それは義理に対する義理のお返しだろう? 俺がしたいのは本命のお返しだ。そもそもバレンタインという習慣の成立を踏まえ、それにおけるホワイトデーの役割について考察してみたのだが」
「待て、議論に持ち込むつもりか?」
俺はあわてて柴田を制する。柴田は不服そうな表情で俺に尋ねる。
「いつも議論を吹っかけてくるのはお前だろう?」
「早急に現実的な結論を得たいのなら止めておけ。俺たちの議論じゃ結論を出すのに一年かかるし、その結論もどうせ『人は物を求めるべきではない』とかそういうものになるに決まっている」
「それは・・・確かに言えている」
「別に今日中に結論を出す必要はない。そうだな・・・明日までに調査をしておく。それを待ってくれ」
俺の言葉に、柴田は感激したようにうなずいた。こいつのいいところは素直なところだ。友人をやっていて気持ちがいい。善行を施してやろうという気分にもなる。
<ホワイト・デイズ(2)に続く>