最近、日記よりもちょっとした一般論を書いたりしたほうが受けがいいことに気がつきました。
日本の学校では、各教室に必ず時計ってありませんでした?小説の「中学入試」でも触れましたが、授業中は皆あれに注目しているはずです。早く終わることを心から祈りながら。ちょっとでも遅い気がしたらもう大変ですよ。自分の腕時計と見比べて、時計の愚図っぷりをのろったりします。学生はそういう風にして授業中を忙しくすごすんですね。僕だけじゃないでしょ、たぶん。
それなのにこちらの学校、教室に時計がありません。時間が来るとけたたましいベルが鳴るだけで、時計はもう、本当にありません。メキシコシティを歩いていても、時計が目に入ることは稀です。日本だったらビルにデジタルな時刻が表示されていたりしますが、そういうのは一切ありません。
僕は時間に縛られたくないという要らない信念を持っていますが故、腕時計をつけません。なんかつけていると気持ち悪くなるので、すぐ外してしまいます。
そのため学校に居るとき、いつ授業が終わるのかさっぱりわかりません。もうずいぶん経ったと思っても、実際にどのぐらい時間が経過したのかはわかりません。「まだ終わんないのか・・・?」とか思って適当に時間をつぶしていると、突然ベルが鳴って心臓に悪い。
メキシコ人は時間にルーズだったりもします。パーティがある場合、遅れていくのが当然だそうです。でも皆腕時計をつけています。不思議。授業が早く終わることもないです。始まる時間もたいてい厳守(厳守って言葉に「たいてい」はあわないですね)されています。
今思うと、日本で通っていた高校の方がよっぽどルーズでした。教師が五分遅刻して、数分早く終わったりもしていましたし。曖昧で怠慢で傲慢がとりえな日本人ですね。今回はsurfaceづくし。
時計はあって当たり前だけどねぇ。
時計がない生活ってなんかヤだな。
悲しいけども。