実は明日から旅行です。次回の更新は日本時間で月曜になるでしょう。
ということで小説をアップします。「中学入試」よりは短いです。でも、長いです。
「自分が大学生になったらどんな感じだろうか」と思って書いてみた作品です。あまり明るくないところに、自分の将来の先行きに不安を覚えます。以前何かで「自分は依存型」だと書きましたが、それが高まったらきっとこういう生活を送るんでしょうね。
ちょっぴりシチュエーションがsurfaceの「空っぽの気持ち」に似ていたりもしますが、書き終えてから気づいたので許してください。
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やけに湿度の高い部屋の中心に、布団が一枚敷かれていた。布団を取り囲むように酒の缶などが転がっており、部屋の主人の無粋さが知れる。布団に包まって眠る男の首筋には、剃り残しと思われるひげが生えており、その怠惰な生活を強調していた。
日はとうに昇っていた。尤も、西向きのこの部屋には日は入らず、締め切ったカーテンからは朝の気配は感じられない。だが暖かさは確実に伝わり、部屋の蒸し暑さは増した。それでようやく、男はいかにもけだるそうに起き上がり、布団を乱暴にどかす。ビールの空き缶が倒れるが、中身は一滴たりともこぼれない。完全に飲み干してあるのだ。
男が立ち上がると、畳がきしむ音を立てた。だが、男はそれを意に介さず窓に歩み寄り、思い切りカーテンを開ける。外界はすでに活動を始めており、職業も定かではない数人の男性が歩いているのが見える。
しばらくそれを眺めた後、男はたどたどしく窓の鍵を解け、開け放つ。幾分清浄な空気が部屋に入り、男は思わず目をつぶった。たいした風が吹いたわけでもまぶしかったわけでもなく、その清浄さを味わうためだった。
男は少しして、窓を開け放したまま家を出た。部屋の片付けなど一切せず、適当に外出着に着替えただけだ。布団は無論敷かれたままであり、男はふとその下にある畳をずいぶん長いこと見ていないことを思い出した。そういうことを思い出してしまうと、ますます手を出しづらくなる。最後に見たのはいつだっただろうか、男はぼんやりと思う。
アパートの廊下は鉄製であったが、すでに多くの部分が錆びて赤くなっている。その手すりに触れると生半可なことでは、その、鉄の持つ臭いは取れず、今ではそれを触るものはいない。大体階段の鉄板でさえもさび付いており、階段を下りるあたりは鉄錆びの粉で地面の色が変わっているほどだった。その辺りには今、半径三十センチばかりの水溜りが出来ている。日当たりが悪いために、一昨日の雨水が未だに溜まっているのだった。
それを大きくまたいで男は難をかわし、道路に出た。道路といっても乗用車がぎりぎり一台入れる程度のもので、恐ろしく狭い。辺りの住宅の塀で作られた、うねうね曲がった道に従うように歩き、ようやく車が行きかうような道に出る。男は、意味もなくため息をついた。
さて。男は思う。
これからどうしたものだろうか。
男はここからさほど遠くない大学に通っていた。一年浪人して入り込んだ学校で、経済学部。今はそこの二年生だが、どうも経済学部に入ったのは間違いといってよさそうだった。男の経済状態は、あまりよくない。有体に言って、悪い部類に属した。
目の前を、何を積んでいるかよくわからない、かわいいマスコットキャラクターが描かれたトラックが通り去る。振動が、男の二日酔いの頭を殴りつけるように響いた。男は思わず頭を抑えるが、そのころにはもう振動はなくなっていた。
男が苛立たしげに手を頭から離してみると、信号は青く変わっていた。ついこの間まで明るいときには赤いのか青いのかさっぱりだったが、ダイオードが導入されて、異様にはっきりとその存在を示すようになった。その堂々たる態度は、やはり男の気に触った。それも普段ならたいしたことではない。酒は、まだ男の体に残っていた。
男はふらふらと横断歩道を渡った。少し後ろに、ビニール袋をみっつばかり持った老婆が歩いているのがわかる。それ以上に歩行者はなく、老婆が過ぎ去った後、すぐに気の早い乗用車は横断歩道を横切っていく。
ああ。男はぼんやりとしながら思った。
轢かれてみるのも、そう悪くないかもしれない。
酔いの残った、回らぬ頭はそんなことを思いついた。だが、別に自殺をしようというつもりはない。ただ、エンジンを積み、あの速度で走る物体に衝突したら、下らぬしがらみなど一度で断ち切れそうに男には思えた。
気づいたころには、すでに渡りきっていた。渡り終えて、次にどうしたものか男は考える。そう暑くもなかったが日の光にやられ、とりあえず街路樹の下に避難するが、そのときには再び車のことを考えていた。あの質量にぶつかったら、俺は死ぬかも知れんな、男はようやくそのことに思い立ったが、別に恐怖は覚えなかった。死を覚悟したわけでも恐れていないわけでもなく、その死に、男の酔いを醒ますほどの現実感がなかっただけであった。
近くで工事をしているらしい。大きな、金属質の音が男の頭を刺激する。そのおかげでごくわずかに酔いが醒めたのか、男はぼんやりとどうするか考え始めた。今日は大学の講義もないが、バイトもない。さて、どうしたものか。
結論も出さずに、男は歩き出した。その足は自然と大学の方に向かっているようで、男はそれに気づくと、他人事のように、俺は大学に行こうとしているらしい、などと思った。現実感は相変わらずなかった。
二十分ほど歩いて大学の門についたころには、男の酔いも醒め始めていた。取り戻されたごくわずかな理性は、なぜ大学に行くのかを男に問い質したが、その答えを出せるほどまで醒めてはいなかった。ぼんやりと講堂の前にあるベンチに座ると、男は無性にのどが渇いたように思えた。
だるそうに首を動かしてあたりに眼をやるが、自動販売機の類は目に付かなかった。男はあきらめて視線を前に戻し、ぼんやりと、目の前に並んでいる低木を眺めた。どこにでも見かける木だ。男は思った。だが名前は知らない。男はそのことが妙にむなしく思えた。
視界を、何人かの男女が横切った。知らない顔だった。ほかの学生を見て、男は初めて自分がどんな様子でいるかに気がつき、恥ずかしさが募る。誰がどう見ても、今の俺は酔っ払いにしか見えないだろうと思うと、大学に来たのが間違いだったという思いが膨らんだ。
帰るか。男はそう思って立ち上がった。足元は依然としてふらつき、きちんと帰れるかどうか、不安が男の頭を過ぎる。男はそれを無視して、とりあえずのどの渇きを抑えるべく、少し行ったところにあるはずの自販機に向かうことにした。
軽い、汚れた財布から幾枚かの硬貨を取り出し、自販機に投入する。頭がすっきりするんじゃないかと思い、男は炭酸飲料を飲むことにする。乱暴な音とともに取り出し口に缶が落ちてきて、男はのろのろと少し屈み、それを取り出した。冷たいアルミ缶はすぐに結露で濡れ、それに伴って男の手も濡れる。その手をズボンにこすりつけた後、缶を開ける。炭酸の抜ける音がして、その反動で少し中身が出る。その液体は一瞬のうちにいくらかの気泡を作り出し、その気泡もまた、すぐにはじけた。男はそれをすすり、すこし落ち着いてあたりに眼をやった。
いくつかの大学生のグループが通っている。その中で、たった一人で歩いている女性は、浮いているといってよかった。そしてその女性は、男のよく知る人物であった。
男は見られたくないと思い、顔を背けた。そのとっさの行動は、効を成したとは言いがたかった。逆に女性はその過敏すぎた反応に気がつき、近づいてきた。
その女性は、男にとって大きな存在だった。少なくとも、こんな醜態をさらしたくはないほどに。
初めて出会ったのは確かフランス語の講義の時間だった。男はそんなことを、ほとんど憶えてはいない。無理もない。初対面のときは言葉も交わさなかったのだから。
その後、男は友人に連れられて、いくつかのサークルを回った。どこのサークルも熱心に勧誘をしており、男はその中でもっともやる気のないサークルに入ることにした。運動部はどこも熱心だから、当然、文化系のサークル。サークル名はやたら長ったるく、それでいてどんな活動をするのかきわめてあいまいなものだ。今ではほとんどそのサークルにも顔を出していないが、女との二度目の出会いはそこだった。
お互い、なんとなく憶えていて気まずい雰囲気になった。男の友人が持ち前の喋りを生かしてサークルの先輩と話している間中、ちらちらとお互いの様子を伺ってしまった。馬鹿らしい話だが、お互いにうぶだったのだ。
その後のフランス語の講義では、なんとなく隣に座るようになり、すこしだけ言葉を交わすようになった。授業のたびに緊張の度合いが薄れ、男は女に興味を持った。
女は化粧っ気がなく、服装も地味な感じのものだった。その見た目は、いかにもおのぼりさんといった様子だった。いつだったか出身地を聞いたことがある。確か秋田といっていた。男とは違い現役で合格したので、その年齢は男よりひとつ下だった。だが、男の誕生日は一月、彼女の誕生日は五月だったので、同じ年齢で居る時間もかなり長い。年齢差を感じたことは一度もなかった。なにか彼女の不手際を見たりしても、それは秋田という土地から出てきたということ、つまりは世間知らずな一面がそれを引き起こしているものだと思っていた。男は自分と彼女の違いを、それぐらいしかないと思っていた。そして、その一点において、男は女に対するわずかな優越感を覚えていた。
付き合うようになるのも、そう時間はかからなかった。お互い一人暮らしをしている身の上だったから、お互い、慰めあう相手が必要だったのだろう。都会の中で孤独として存在するのは、疲れたのだ。その排除感を拭うために、愛という感情を利用した。それが悪いとも思わないし、間違いだとも思わない。ただ、男と女の関係は、そういうものであったというだけだ。
だから女に多くの友人が出来始めたとき、二人の距離は遠ざかった。都会の出である男は、その偏屈さ、人見知りの強さ、時に引き起こるあまりにも後ろ向きの発想ゆえに、人々から取り残された。田舎の出とはいえ、元来社交的な性格を持っていた女とは、正反対な道を歩んだ。スタートが同じだったとはとても思えないほどの差は、二人の距離と密接なつながりを見せたのだった。
だが、男がいまだに固く信じていることに、二人はまだ別れたわけではなかった。なるほど、フランス語の講義のとき隣に座らなくなった。それが別れたということではないはずだ。なるほど、男はサークルにも顔を出さないため、女と会う回数はめっきり減った。それが別れたということなのか。それは、男に言わせると明らかに間違いだった。男の中に居る女は、いまだに心のどこかで彼を支えにしているはずだったのだ。少なくとも、男はいまだに女を支えにしているのだった。
だからこそ、男はこんなときに女と会いたくなかった。女の支えとしての自分は、こんな状況では存在しないし、男は内心、自分が捨てられたのではないかという恐怖を持っているのだった。普段思い起こさないようにしているその感情を、酒が引きずり出す。
「おはよう。お酒臭いわね」
女はそんな男の感情に気がつかず、無配慮に話しかけてきた。男の最後の記憶にある女より、すこし髪が短くなっている。男は逃げ出したい気持ちを抑えてよろよろと体を動かし、女の方を向く。そして、今初めて気がついたという風に言った。
「ああ・・・君か」
「サークルに顔出してよ。いつも人が少なくて、寂しいんだから」
「俺が居なくても・・・かまわないだろう?」
「酔っているわね、ずいぶん」
男の言葉を、女はいとも簡単に流した。親しげに笑うが、男にこれ以上近づこうとはしない。それはあくまでも、この、酒の香のせいだと、男は自分に言い聞かせる。頭が痛い。割れるようだ。女の声が、頭に響く。女は男の仕草を気に留めず、続けた。
「今度、アパートの方に行くわ。お酒、一人で飲みすぎるのはよくないわよ」
「付き合ってくれるのか?」
男は、辛うじて冗談めかした声を出せたことにほっとした。だが女は笑うばかりで何も答えずに、じゃ、とだけ短く言って男の前を去っていった。
女が居なくなったことで安心感を得たことに、男は不安を覚えた。それを流すかのように、炭酸飲料を口に含む。頭がまた、少しだけ冴える。大きく息をつき、男はふと、わずかに香水の香りを感じた。男の体から発せられる酒の臭いはまだ抜けず、そんなものが感じられるとは思えなかった。だが、男はそれを感じた。これは、ちょっと前に通ったグループのものか、それとも・・・
男はまだ中身の入っていた缶を投げ捨てた。石畳に中身がこぼれ、音ともに白い泡が生じる。香水は相変わらず鼻を刺激する。男には、臭いが強くなっているように感じられてくる。時間が経つにつれ、臭いは薄まるはずだ。男は理性でその臭いを消し去ろうとするが、やはり香水の刺激は強くなっていく。それに加えて、酔いもあってか吐き気が沸き起こってくる。頭が、割れるように痛い。
男はそれを振り切るように、足早に大学の門に向かった。正門前の通りは、普段から交通量が多い。男は横断歩道の前で足を止め、道路上の車を見る。息が少し荒くなっているのが、男自身にもよくわかった。熱い空気が鼻の粘膜を刺激するが、香水の香りは減らない。
ようやくむっとする部屋に帰り着いた男は、洗面台に向かう。数回の嘔吐。吐瀉物には固形物は見当たらず、先ほどの飲料と、酒と、胃液によって構成されているのが見て取れた。口の中はある種の苦味で満たされ、のどは胃液で焼け付くように痛む。
手元置いてあったコップを無造作にとり、勢いよく水を注ぐ。男は流れる水を止めもせずに、水を口に流し込み、苦味を洗い流そうとする。苛立たしげに水をはき捨てるが、苦味ものどの痛みも、減る気配はない。だが、香水の香はすでになくなり、代わりにアルコールと胃液の混ざった臭いが、男の鼻を刺激していた。
男は、再びうがいをする。それでも、苦味はいつまでも男の口に残り、のどは焼けるように痛んだ。
二日酔いの退廃した大学生の雰囲気と、男っぽい感じがグーです。
「趣味は何ですか?」 も面白かった。
ところで、先日はサイトの紹介ありがとうございました。
旅行楽しんできて下さい。
ところで、どこへ行くのでしょう?メキシコかしら?アメリカ?それとも、他の国へ?