俺は突然切れた携帯を眺め、閉じる。いきなり馬鹿といって切れるとはなんて無礼な電話だ。
「あー、くそ」
とりあえず起き上がり、体温を測ってみる。軽い電子音が鳴り、値を見ると三十七度前半だ。朝から計算して一度近く下がったことになる。ということは計算上、あと三日もすると俺の体温は氷点下近くまで下がるな。
今から準備をして学校につくまでには一時間もかからないが、それでも計算上は三十七度を下回るようだ。さて、行くとするか。
親が何か言ってきたが体温が下がったことを言い張り、咳も鼻水もなくなったので人に伝染すこともないといって振り切る。そのせいで体温がわずかに上昇した気がしたが、気のせいだろう。
学校まで行くと、すでにごちゃごちゃとした人だかりが出来ていた。大分客が着ているようだ。何しに来ているのかは理解できないが、少なくとも化学部の発表を見に来たわけではないことだけは確かだろう。
「ふむ・・・」
客の呼び込みで濱田あたりが出ていると思っていたのだが、そうではないようだ。となるとサボっているのだろう。まさか客が来て忙しいなんてことはあるまい。
時計を見ると一時をちょっと回ったところで、広場のあたりのバンドが馬鹿みたいな歌詞をわめいていた。聞いていて、二十年後彼らが自分の姿を見てどう思うかが他人事ながら心配になる。そしてヘタだ。なんでまあこうも下手な奴がバンドなどやるのだろうか。うまい奴もいることにはいるのだろうが、とりあえずこいつらは下手だ。彼らの耳まで心配になってきた。
そうはいってもそんなものを心配する暇など実際にはなく、俺は化学部の発表場所である実験室に向かった。覗くとちらほら人がいて、杉山と柴田が発表している。濱田はサボりに違いない。そう思っていると後ろから声をかけられた。
「あ、先輩、もう大丈夫なんですか?」
驚くことに、濱田は部屋にいた。なんということだ。部屋でサボっているとは。他の二人がまじめに働いているのを横目にサボるとは、とんでもない奴だ。
「先輩、ちょっといいですか?」
「よくない」
即答しておいたものの、結局腕を引っ張られて廊下に引きずり出される。
「なんのようだ? こんな暇があったら働け」
「先輩、岡部って娘、知っていますか?」
そういえば山根女史がそんなことを言っていた。
「ああ」
「で、どういう関係ですか?」
「どういう関係ってお前・・・中三のときの同級生の妹だ。山根女史から聞いていないのか?」
「それだけですか?」
「それ以外になにがあるって言うんだ? で、そうそう、そいつは今どこにいるんだ?」
「実験室で杉山くんのお手伝いをしています」
「・・・なぜだ?」
「おそらく、私が働かないからではないかと」
「・・・ほう、冷静な分析だな。褒めてつかわそう」
「こんな会話をしている暇はありません。彼女、うちの学校を受けるそうですよ」
「それのどこに問題がある? 大体、学校見学のために学園祭を見物しに着ているのだから、受けるほうが自然じゃないか?」
「彼女、成績むちゃくちゃいいんですよ。オール五で英検と漢検二級で書道が初段でスピーチコンテストが全国大会出場なんですよ?」
「そらすごいな。それならもっとほかにいい高校がいくらでもあるだろうに」
「そこで、問題です。なぜ彼女はうちの学校を受けるのでしょうか?」
「さあ? 校風か何かが気に入っているんじゃないのか? うちの校風なんて知らないが」
濱田はあからさまに「これだから先輩は」という風に首を振った。腹が立つな。
「そんなもの、本人に聞け。というより、お前は働け」
「先輩だって元気そうなのに午前中サボりじゃないですか。人のこといえた義理ですか?」
「また熱が上がってきそうだからこれ以上の口論はやめよう。なんとなく視線も痛くなってきた」
濱田は俺に言われてようやく回りの視線に気がついたようだ。そりゃまあ白衣を着た女子高生と男子高校生が廊下でコントのような会話をしていれば誰だって注目するだろう。
俺は濱田を置いて部屋に戻る。柴田がこちらに目で会話を図ろうとしてきたが、わかるはずがない。さらにコンタクトを図るが、皆目見当もつかない。なんだか逆に面白くなってきたのでしばらくそのまま柴田の行動を眺めていると、発表を終えてこっちにやってきてしまった。
「あの娘、岡部だっけ? つれてってやってくれないか? こっちは濱田が働けば大丈夫だし、お前、風邪だったんだろう? 客にうつしたら面倒だし」
「すまんな、柴田」
「なーに、俺とお前の仲だ。ただし、明日の午前中俺に暇をくれないか?」
「杉山、岡部さんこっちに連れてきてくれないか?」
「あ、はい」
柴田は色々と理屈をこねていたが、そのうちに新しい客が来てしまった。まだいいたくてしょうがないという感じではあったが、営業用の声を上げてそちらに移動する。
そうしているうちに、岡部さんが白衣を脱いでやってきた。濱田がちゃんと入っている様子だったので、当面は問題ないだろう。
岡部さんは小さく頭を下げた。うん、覚えてない。そもそもこの人の兄の顔さえろくに思い出せないな。岡部・・・影の薄い男だったな。たぶん頭髪も薄かったように記憶している。それ以上の記憶はない。そうなるとなぜ彼の家に行ったことがあるのかが不思議だ。そしてなぜそれを覚えているのかもわからない。
「ええっと、岡部さん。君はうちの高校を受けるつもりで見学に来たのだね?」
「あ、はい。そのつもりです」
「ではまあ化学部の発表を手伝ってくれる分にはありがたいが、見学になるまい。どこでも好きなところに見学に行きたまえ」
「あ、でも私、この学校の地理はちょっとわからなくって」
それはそうだろう。だがまあ校内に案内だってあるし、別に目的もなくふらふらとさ迷い歩くのも一興だと思うのだが。
「案内していただけますか?」
「それはまあ構わないが・・・」
一体どこに案内しろと言うのだろうか。そう考えながら時計を見ると、一時半になっている。はて、二時からなにかあったような。
「ああ、そうだ。山根女史たちの演奏会が二時からだな」
「そういえばそうおっしゃっていましたね」
「食事は済ませたのか? まだなら適当になんか買った後そっちに行こうか、岡部さん」
「・・・あ、あの」
「なんだ? いいたいことがあったらはっきりいったほうが精神衛生上よろしいぞ」
「岡部さん、だと兄と同じで紛らわしくないですか?」
不思議なことを言い出してきたものだ。大体兄のほうを覚えていないのだから紛らわしくなりようがないのだが、そんなことは口が裂けてもいえまい。
「別に、君のお兄さんには呼び捨てしていたから、紛らわしいことはないが」
それがどうした?という意味をこめて語尾を上げてみる。彼女はあわてて手を左右に振った。
「あ、いえ、それなら構わないんです。いえもう全然構いませんから」
「そ、そうか」
あまりの反応に俺は思わず引く。濱田とも違ったタイプでやりづらいな、これは。
<続く>
杉山クンの位置がすごくいいな・・・・。このへたれっぷりも中々。
濱田タンと杉山クンが活躍すればイイーンダヨ(笑)
白衣女子高生ってまさに新ジャンル