記事タイトル→2006-10-29 Sun  思い出の風景記事タイトル←

旅行中なのでとりあえず前に書いといてアップしなかった短編をアップ。
私小説すぎ&季節があってないですけど。まあ一部事実とは変えていますが。*
 改札を通った後、僕は一通り駅構内を見回した。つい最近、改装工事を終えたばかりのこの駅は、僕の記憶の中にある姿とかけ離れている。今では採光のためガラスが多く取り入れられ明るいものとなっているが、昔はもっと暗かったように思う。

 当時を思えば、今僕がこうやって一人で電車に乗っているのだってとんでもない話だ。まだ小学校低学年だったあのころ、僕にとって電車は恐怖の対象のひとつだった。感情をなくしたかのように暗い顔をする、似たようなスーツを着た人々が何百と詰め込まれるその乗り物は、一般の車とは違った何かがあるように思えた。いまでは、僕もそれに乗る側だ。

 出口を求めてしばらく迷った。僕の記憶では、やはり暗い歩道橋のようなところを通って駅から出られるはずだったのだが、当然のようにそこも改装されていた。天井は一面ガラス張りになっており、エスカレーターまで設置されている。そのギャップには、思わず笑い出してしまいそうになった。

 駅から出ると、その風景はようやく見覚えのあるものになった。道もほぼ記憶の通りで、タイルの模様に懐かしさがこみ上げてきた。かれこれ―――七年ぶりにもなるだろうか。

 七年前、僕は父の仕事の都合で、国外に暮らすことになった。当時の僕は友達との別れを悲しみ、今では自分でも信じられないことに、涙を流した。嫌でいやでたまらなかった。

 だが、所詮は小学生だった。僕はそこでの暮らしにすっかりなれた。だからこそ、日本に帰国してしばらくしても、ここに自分から訪れることがなかったのだ。本帰国して、すでに五年ほど経っていた。ここに来るのは、帰国して初めてになる。

 何で今になって訪れたのか。自分でもよくわからない。ひょっとしたら、中学を卒業したということが、僕に何らかの影響を与えたのかもしれない。高校生になるという自覚などほとんど沸き起こらない僕はそのことに不安を抱き、小学生時代を反芻してみた。それで僕は、何年もここに戻ってきていなかったことを思い出した。そして、高校に入る前の春休みになり、僕はここを訪れることを決意した。

 街並みが変わらないといっても、多少の変化は当然あった。昔は何があったか覚えてもいないが、コンビニは当時よりはるかに増えている。現在住んでいる地域でもコンビニは多いし、日本全体に言える話かもしれない。それを悪いと言うことはできないが、あまり嬉しくはなかった。

 しばらく歩いているうちに、川が目に入った。都内に流れている川だから、当然、入ることはできない。橋の上から見える川の水は緑を超えてほとんど黒く見え、その水面に生じた泡の白さは際立っており、また、いつまでも消える気配はない。生理的にはそれは好ましくないものだったが、記憶にとっては実に甘美なる物だった。確かに、僕がここに暮らしていた当時から、この川はこれぐらい汚れていた。

 ずいぶん長い間川を眺めている気がして、僕は慌てて目を離した。なんとなく気になって辺りを見まわしたが、僕のことに注意を止めている人間など一人もいない。そのことで、僕は逆に恥ずかしくなった。

 橋を渡り終えて、しばらく歩く。特にあてがあるわけではなかったが、当時住んでいたマンションに行こうとは思っていた。二十五階建てで、高層マンションといっていいだろう。物心ついたころから住んでおり、僕の幼少時の記憶はそこを中心に形成されていた。本当は、僕が生まれた頃は別のところに住んでいたらしい。写真にいくつか残っているのだが、僕の記憶にそんなところは存在しないし、興味も持てなかった。僕にとっての故郷は、そんな記憶にもないような場所ではなく、あくまでも幼少の記憶とともにあるここなのだ。そんな故郷に、僕は何年も訪れていなかった。

 マンションまでの道の途中、ひどく懐かしいものを見つけた。何かの会社のビルなのだが、ここの前には、なぜか水が張ってあった。池というには浅すぎる、人工的な水場だ。昔、友達と一緒にここで遊んだ覚えがある。そう、確か縁のところを危なっかしい足取りで、水に落ちないように歩いた。それだけだ。何が面白かったのかは、今となってはわからない。だが、それは確かに面白かったのだ。

 今、それをやってみたらどう感じるのだろうか。そんな考えが浮かんだが、ほぼ同時に、それを理性が打ち消していた。僕がそれを行うことは、もうない。仮につまらなかったら、その時点で僕の思い出は崩壊する。そんなことを抜きにしたって、人の目を気にするようになった僕に、そんなことが出来るはずはないのだ。

 僕はその場から離れ、マンションに向かった。もうすぐだ。実際、ビルの隙間からそのマンションは姿を現していた。その姿は、確かに僕の記憶にあるものだ。

 マンションの目の前の道路まで来て、赤信号につかまった。あと数十メートルのところに、そのマンションはある。そこまできて、僕はようやく、ここに来たところで何をするのか、考えていなかったことに気がついた。マンションに行くことだけが目的で、それ以上はなかったのだ。

 信号が青になり、僕はとりあえず渡った。マンションの前にあるちょっとした広場は、少しも変わっていなかった。使い道のよくわからない金属の棒やら、なにか威圧感さえある噴水のごときもの。ひょっとしたら有名なデザイナーが作ったものなのかもしれないが、僕にとっては慣れた景色の一つだ。なんだかよくわからないけど、ある。そのことが、少年だった頃の僕には十分に楽しかった。

 一通り、それらのものを愛でるように触れた僕は、逆に寂しさを覚えてきた。僕がこの場を何年も訪れて居なかったと言う事実が、僕を責めた。なぜもっと早く訪れなかったのだろうか。そうすれば、こんなにもあのころとの距離を感じることもなかっただろうに。

 このマンションには、僕の友達が暮らしている。幼稚園から、いや、記憶にはないがもっと前から、一緒に遊んでいた友達だ。帰国してから、僕らは一度も会っていない。

 今、彼の家を訪れたら、どうなるだろうか? 僕達は当時と同じように楽しめるのだろうか?

 このマンションはオートロック式で、マンション入り口のところにあるインターホンで目的の家の人を呼び出さないと、部外者は入れないようになっている。僕はとりあえず、そこまで行ってみた。あたりに人は居らず、少しだけほっとする。以前ここに住んでいたとはいえ、僕はすでに「部外者」なのだ。

 部屋番号の書かれている表を見ると、彼の家はやはり当時と同じ階の同じ部屋にあった。引っ越したとしたらさすがに伝わってくるだろうから、当然だ。僕はその表とインターホンを交互に眺めた。彼の家の番号を入力すれば、きっと誰かいるだろう。きっと彼がいなくても、彼の家族は僕を受け入れてくれる。そうに決まっている。

 それでも僕は、インターホンから離れた。自分でも理由はわからなかった。受け入れてくれないかもしれないと思って恐怖したのかもしれないし、いまさらになって訪れる自分の態度に嫌気が差したのかもしれない。僕はマンションを出た。

 マンションを出たからといって、すぐに駅に戻る気にはなれなかった。名残惜しさ、といっていいだろう。これだけで帰る気にはとてもなれなかった。だが、彼の家を訪ねる気にはもっとなれない。

 ふと、小学校のことを思い出した。少子化のためか、僕が海外にいるあいだに廃校になってしまった学校だ。もうずいぶん訪れていない。最後にそこを見てみるのも、悪くないかもしれない。

 当時の通学路を思い出しながら歩くと、やはり懐かしさがこみ上げてくる。歩道橋が新しくなったりもしていたが、基本的に変化はない。僕は少し、歩みを速めた。

 学校のすぐ手前まで来て、違和感を覚えた。辺りを見回しても、当時とほとんど変化はない。何が引っかかったのだろうか。考えながらゆっくりと観察すると、道路の向かいにある店が、閉じていることに気がついた。確かあの店は、パン屋だったと思う。一度も利用したことはないが、毎日人でにぎわっていた。遠くからなのでよく見えないが、シャッターの上に紙が張ってある。臨時休業の張り紙かとも思ったが、やけに黒ずんでいるようだ。それでようやく、あの店がつぶれたということに気がついた。

 僕はその店から目を離し、校門に向かった。だが、そこは僕の記憶とはすでにかけ離れていた。

 シンプルな銀色をした校門が、やけにごてごてした木製の門に変わっていた。戸惑いながらも英字の看板を見て、アメリカンスクールになったということを思い出した。ずいぶん前に、母から聞いていた。なのに僕は、それを今の今まで忘れていた。

 その門に、当時の面影はまったくない。

 僕は思わず笑ってしまった。わけが判らなかったけれども、妙におかしかった。それが、僕自身への嘲笑か、もっと別のものなのかは、わかりそうになかった。

 この数日後、僕は晴れて高校生になった。めでたい気分は少しも起こらなかったけれど、確かに高校生にはなれたようだった。
短編小説 ・ COMMENT[2];Top

コメント→No.1219 (^^)コメント←

じわりとしていて、いい感じです。
私小説ってあったから、事実?
状況とかは別として。きっと、g-songさんにとっては、思い出しながら書いた小説なんですね!
懐かしさは時に寂しさを連れてきますよね。今に不安があるわけでもないのに、過去がすごく楽しかったわけでもないのに。
時間がたってしまったこと。
自分は変わっていない感覚があるからこそ、周りの変化に気づいた時に、あれって違和感を感じるんですね。
ステキな文章でした!それにしても。
普段の日記のg-songさんとまた違う一面(内面?)が、小説には出ていて。
興味深い!

2006-10-30(Mon) ・ 投稿者[らんらら] ・ 編集 ・ Top

コメント→No.1223 コメント←

>らんららさん
解説になってますね、ほとんどw
ほぼその通りでもう自分のわかりやすさに笑えます。

普段とは確かにやや違いますね。なんででしょう。
小説のほうが推敲する分客観的になれているのかもしれません。

コメント、ありがとうございます。
2006-11-01(Wed) ・ 投稿者[G-song] ・ 編集 ・ Top

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