記事タイトル→2006-08-24 Thu  夏の終わりの始まりに(5)記事タイトル←

やたら長くなっているなぁ。

登場人物紹介
一話目:「ホワイト・デイズ」
二話目:「馬鹿どもの日」
三話目:「その想いも梅雨知らず」
四話目:七の夕暮れ
今シリーズ:
夏の終わりの始まりに(1)
夏の終わりの始まりに(2)
夏の終わりの始まりに(3)
夏の終わりの始まりに(4)
*
 杉山と濱田が小走りにやってきた。
「荒川さん、もうウォータースライダーいったんですか? 誘ってくださいよ」
「悪いな。お前がどこにいるかもわからなかったし」
「どうでした?」
「なかなか良かったよ。金がかかるからもう乗る気はせんが」
「お金いるんですか?」
「そらそうだ。ほら、あっちの売店みたいなところで売っているぞ」
 そういったとき、後ろから肩を掴まれた。振り向くと山根女史が今にも倒れそうな表情を浮かべている。
「・・・山根先輩、大丈夫ですか?」
「・・・あんたたち、あれは危険な遊びよ。止めておいた方が無難ね」
「お前がああいうのに弱いだけだろ」
「だからってここまで・・・あー、いくらか強くなったつもりだったのに」
「なんかそこまで言われると逆に行ってみたいですね。濱田さんはどうする? おごるよ」
「ほんと? おごり・・・でも私もあんまり強くないしな・・・」
「悪いこといわないわ。やめておきなさい」
「そういわれると・・・よし! いこうか」
「じゃあ俺ら行ってきますね」
 杉山と濱田は楽しそうに去っていった。人のいうことを少しも聞く気がない。ここまでくるといっそすがすがしいな。それにしても、いい組み合わせじゃないか。傍から見たら普通にカップルだ。
「・・・荒川、ちょっと洒落にならないぐらい気分悪いんだけど」
 改めてみると確かに顔が青い。こいつがここまで弱っているのを見るのは初めてだ。しかしまいったな。
「まあ休むしかあるまい。なんか飲み物でも買ってきてやろうか? なにがいい?」
「おごり?」
「馬鹿を言うな。人間、金の貸し借りは作るべきじゃない」
「だから、借りるんじゃなくて、頂戴」
「お前、本当は元気だろう?」
「・・・いやもうまじだめなんだって。お金は後で払うから、適当に買ってきて」
 急にしおらしくなった。というかふざけている余裕がなくなったのだろう。
「わかった、わかった。ちょっと待ってろ」

「ほらよ」
 山根女史に紙コップを渡す。弱々しげに受け取るところを見ると、まだまだ気分は悪いらしい。となるともうちょっと休める場所に移動したほうがいいだろうか。
「おい、大丈夫か? 動く余裕は?」
「・・・ない」
「わがままを言うな。直射日光下では休みつつ穏やかに熱中症になるだけだ」
「この間からあんた熱中症のことばっかり言っていない?」
「気のせいか気にしすぎか気が錯乱しているだけだ。ほら、わかったのなら立ちたまえ」
 俺に促されて、山根女史はしぶしぶと立ち上がった。なんて素直なんだ。普段なら俺の言うことなど決して聞くことはないのに。人間、少し弱っているぐらいが一番いいのかもしれない。
 偶然にもタイミングよく、日陰のスペースに空きが出来た。俺の日ごろの行いがよかったのか山根女史の執念が運を呼び寄せたのかどちらかだろう。
「ほら、座れ」
「・・・そんなの言われなくても座るわよ」
 若干体力を取り戻したのか、口が悪くなった。まあこいつらしいといえるが。
 俺も山根女史の隣に座り、なんとなく人々を眺め始めた。時折吹く風が心地よい。
「・・・あんた、泳いできたら? さっきは濱田さんと一緒だったから、ろくに泳げてなかったでしょ」
「なに、俺に気を遣うことはない」
「弱者に優しいわよね、あんたは」
「まあいくらかの優越感も得られるしな。悪いことでもあるまい?」
「自分で優越感とか言っちゃうのが、あんたの悪いところね」
 山根女史は小さくため息をついて、ジュースを飲む。
「あ、これ、いくらだった?」
「いいよ。おごりだ」
「さっきと言っていることがずいぶん違うじゃない」
「これも優越感を得るための行動の一環だよ。気に病むことはない」
「あんたに借りを作るのは心の底から厭だ」
「何かの機会に返してくれればそれでいい」
「・・・弱者に優しいのね、ほんと」
 そう思われるのは若干心外でもあるが、まあいいだろう。
 おごりたいとは思わないが、体調を崩している人間に金の心配をさせるべきではないだろうと思っただけだ。しかし、やはり俺は、こいつに貸しを作れる自分になりたがっているのだろう。あまり良い発想ではない。
「気分は大丈夫なのか?」
「まあね。あんたのせいで大丈夫っぽい」
「日本語がおかしくないか? おかげで、だろ?」
「あんたのせいよ、あんたの」
 体調が良くなってなにが問題なのだろうか。わけのわからんことをいいだすな、まったく。
「まあ大丈夫ならそれに越したことはない。ゆっくり休みたまえ」
「言われなくても休んでいるわよ。あ、ちょっと手を出しなさい」
 素直に手を出してみると、飲みかけのジュースを渡された。
「どういう意味だ?」
「もうのどかわいてないから、あげるわ」
「・・・もともと俺が買ったものなのだが?」
「でも私にくれたでしょ? だからその時点で私のものになったわけ。で、私が今、あんたにあげると。なにか問題が?」
 お前の人格に問題がある。
「いまなんか失礼なこと考えなかった?」
「気のせいだ。ありがたくいただくよ」
 別にのども渇いていなかったが、とりあえずわずかに口に含む。氷が解けたせいか、幾分味が薄い気がする。
 すると、後ろから聞き覚えのある叫び声が聞こえた。聞かなかったことにしたほうが良いと思いながらも、視線を遣ると濱田が立っていた。大声を出すのが好きな奴だ。ストレス発散法か何かだろうか。
「せ、先輩、いま、山根先輩のジュースを飲みませんでしたか?」
「いや、これは今俺がもらったから、俺のジュースだ。山根のではない」
「濱田さん、考えすぎだって。荒川さんと山根さんがそんなことを気にするわけがないだろ? 騒いでもたぶんプラスにはならないよ」
「そりゃそうかもしれないけど、おかしいでしょ!? ここまで無頓着な高校生って」
「なにに無頓着だって言うんだ?」
「失礼ね。私はきちんと朝刊を隅から隅まで読んでいるわよ」
 濱田は怒りを抑えているような、呆れているような複雑な表情を浮かべた。表情豊かで実に愉快な奴だ。
「どうだった?」
 濱田はとりあえず無視して杉山に感想を聞く。
「いやぁ・・・僕もあまり三半規管が強くないみたいです」
 そういって弱弱しく笑う。元運動部のクセに。あまり関係ないかもしれんが。
「しかし、四人中二人が気分悪くなっていると言うのは由々しき事態だな。これからどうする?」
「まさか帰るとか言いませんよね?」
「まさか体調の悪い彼らをほうっておくわけにもいくまい」
「だからってまだここに来て一時間ぐらいしか経ってませんよ?」
 そういわれてみるとそれはそれでもったいない気もする。
「僕はしばらく休んだら治りますんで、とりあえず荒川さんと濱田さんだけでも泳いできてくださいよ」
「いいこと言うわね、杉山くん」
「山根は?」
「私も少し休んだら適当にするわ」
「ふむ・・・じゃあまあいいだろう」
「じゃあ行きましょう!」
 濱田が俺の腕を取った。必要以上に体を近づけてきたので腕を振り払う。

<次で終わりだ>
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