記事タイトル→2006-08-13 Sun  夏の終わりの始まりに(1)記事タイトル←

夏休み中に終わらせる予定ですよ。

登場人物紹介
一話目:「ホワイト・デイズ」
二話目:「馬鹿どもの日」
三話目:「その想いも梅雨知らず」
四話目:七の夕暮れ*
「先輩、今度いっしょにプールに行きませんか?」
 部室に入ってきて早々、濱田がそんなことを言い出した。アイスを食べていたので、俺は無視することにする。融けた部分が手に当たりかけたのをあわててなめ取る。
「先輩? シカトですか?」
 濱田は大声を出しながら俺に接近してくる。俺は椅子から立ち上がり、距離をとる。
「何で逃げるんですか!?」
「まあまあ、濱田さん落ち着いて。荒川さんは今アイス食ってんだから、それぐらい待ってあげなよ」
 椅子を揺らしながら杉山が諭す。
 杉山は、夏休みになってから来るようになった一年の部員だ。つい先日までサッカー部として意欲的な活動をしていたらしいが、階段で転んで左足を折ってしまった。一週間ほど前にギブスは取れたのだが、サッカー部はもう辞めてしまったらしい。かといって夏休み中は暇なので、四月の間に入部届けを出していた我が化学部に来ているという次第だ。
 同じ一年ということで、現在では濱田の教育係となっている。といっても濱田を教育するほど根性のある人間でもない。人格者がゆえにやさしく諭すが、濱田には通用しないのだ。濱田の人格に問題があるといいたいわけではないが、そう感じられたのならそうかもしれない。
「杉山くんは黙ってなさい」
 濱田が杉山をにらみつける。杉山がちょっとひるんだのを見て、俺は覚悟を決めてアイスを食べ終える。
「ほら、食い終わってやったぞ。なんのようだ?」
「ですから、プールに行きませんか? チケットをお父さんがもらってきまして。ほら」
 渡された紙片を見ると、確かに学校から三駅ほど離れたところにある行楽施設のチケットだった。確かにプールもあったろう。
「夏のプールはたいてい混んでいる。人口過多のところは好きじゃない」
「何言っているんですか。行くまでそんなのわかりませんよ。それに、混んでいたっていいじゃないですか」
「よくないだろう。窮屈な場所では満足に泳ぐこともできない」
「とにかく、そんなことはどうでもいいんです」
「濱田さん、さすがにむちゃくちゃすぎないか・・・?」
「だから、杉山くんは黙っていなさい。私は今、先輩と話しているんです」
「そうだったのか」
「どういうギャグのつもりですか?」
「いやまあ言ってみたかっただけだ」
「で、どうです? 行きませんか? 行きましょうよ」
「一人で結論を出すな。チケットは二枚しかないのか?」
 俺は自分に渡されたチケットを見る。
「・・・他の人も来るなら行く、ということですか?」
「メンバーによるがな。っていうか、やっぱりまだあるのか。けちけちしないで全部出せ」
 濱田はぶつぶつ言いながらチケットを出す。二枚追加され、全部で四枚だ。
「杉山、お前は行くか? 足は大丈夫だよな?」
「僕は大丈夫ですよ」
「となると、後一枚か」
「そういえば、柴田先輩はどうしたんですか?」
 濱田がいまさらになって言い出す。部屋をきょろきょろと見回したが、いるはずがない。
「奴は森井女史とデートにでも行っているだろ。たぶん、奴一人をプールに呼ぶ、というのは無理だな」
「うっわー・・・なんかむかつきますね」
「まああれだ。これが恋人の有無による違いだ。いない暇人はこうして部室にたむろしていると、そういうことだ」
 すると突然、部室のドアが開いた。みると山根女史が仁王立ちしている。いつもこんな顔だったかもしれない。
「柴田君がいないってことは、智美の奴・・・」
「・・・荒川さんの言ったとおりですね」
「・・・まあそうだな」
「ん? 何の話かしら?」
「なんでもない」
「嘘はやめなさい」
 山根女史は速攻で切り返してくる。なんでここまで俺の嘘を見破れるのだろうか。しかも強い確信とともに。こういうときの「なんでもない」は「なにかある」と同義だというのも確かではあるが。
「山根先輩、どうかされたんですか?」
 濱田がフォローしてくれる。珍しい。
「智美に携帯かけてもぜんぜん繋がらなかったから、ちょっと思いついてね。今日は部活だってのに、まったく・・・」
「おお、そうだ。実にタイミングのいい登場じゃないか。山根、プール行くか?」
「プール? 突然何よ?」
「お父さんがチケットをもらってきたんですよ。四枚あるんで、先輩もどうですか?」
 台詞とは裏腹に、若干いやそうな表情をしている気がしなくもないが、気のせいだろう。一枚あまるという事態は避けたいはずだ。一枚残ると一人でいく羽目になるわけだからな。
「メンバーは・・・この三人ってことかしら?」
「そういうことになる」
「柴田君は?」
「恋人がいるならそっちとすごせばいいだろう?」
「そりゃそうね」
 山根女史は深くうなずく。こいつも結構このふたりにはストレスたまっているだろうからしょうがない。
「行くとして、いつになるかしら?」
「そうですねぇ・・・みなさんいつごろが都合がいいですか?」
「・・・ふと思ったんですけど」
「なんだ杉山? 発言したいならもっと堂々としたまえ」
「たぶん、明日とか予定ある人いないですよね?」
「なぜそう思う?」
「なんか・・・メンバー的に、旅行とかあったら前もって知らせてそうですし、そもそも最初に濱田さんが言い出した時点で何時やるかを聞いていないから」
「つまり、俺らはいつでも空いていると、そういいたいわけか?」
「まあ結論から言っちゃいますと、そうなりますね」
「空いていない奴、正直に言え」
 俺は全員を見渡す。全員が同じように全員を見渡している。なんか泣ける。誰も予定がないのか。
 空気に哀愁が漂い始めたころ、濱田が思い出したように言い出す。
「そういえば明後日だったか明日だったか、学校の近くでお祭りありますよね?」
「・・・なんで濱田さんはそんなこと知ってるのかしら?」
「通りにポスターが張っていたじゃないですか」
「杉山、お前知ってたか?」
「いえ、全然」
「みんな観察力なさ過ぎですよ。私ほど鋭くなればそれぐらいの情報がすぐに入ってくるわけです。普段からしっかりとあたりに気を配って生活するんですね」
「貴様に言われると腹が立つな」
「先輩、さすがに貴様はひどすぎませんか?」
「まあまあ、荒川の態度がでかいのは昔からだから」
「それはフォローになっているのか?」
「もちろんよ」
 これ以上の議論は明らかに無駄だ。これ以前から無駄だったぐらいだ。
「なんかひと段落着いたみたいなんで、僕はこれで失礼しちゃっていいですか?」
 杉山が立ち上がって言った。
「用事があるのか?」
「一応、今日まで医者に行くことになっているんで。もう大丈夫なんですけどね」
「そうか。もし無理だったらプール行くのは遅らせるから、気にするなよ」
「大丈夫ですって」
 杉山はそういって少し笑い、かばんを持って部室を出た。と、すぐに戻ってきた。
「明日、いつどこに集合?」
「そうだねー・・・じゃあ十時に部室でいいですか?」
「俺はかまわんよ」
「私も別に」
「じゃあそういうことで決定ね」
「わかりました。じゃあ今度こそこれで」
 杉山は部室を出る。まだまだその足取りは折った左足を気遣っていた。痛みがあるということはないだろうが、まだ完全とはいえないだろう。
 それについて少し考えていたら、濱田が顔を覗き込んで、俺に向かって言った。
「・・・先輩、やけに杉山君に甘くないですか?」
「怪我人に親切するのは人として当然だろう?」
「じゃあ私が怪我したらそれはもう付きっ切りで面倒見てくれますか?」
「無茶を言うな」
「差別ですか? ひょっとして先輩、男好きですか?」
「気色悪いことを真顔で言うな!! 俺はいたって健全だ」
「まさか」
「濱田くん、ふざけるのも大概にしたまえ」
「・・・私もそろそろお暇させてもらうわね。吹奏楽部は化学部ほど暇じゃないのよ」
 山根がそういって立ち上がる。
「えー、山根先輩もいてくださいよー」
「悪いわね。あ、でも荒川は別に男好きじゃないから、気をつけたほうがいいわよ」
「何に気をつけるんだ、何に」
「じゃあどうして私に厳しくて杉山君に甘いんですか?」
「荒川は、昔、足折ったことあるから。それでじゃないの?」
「あ、そうなんですか?」
「そういえばそうだな」
 今の今まで忘れていたが、いわれてみるとそんな気がする。あれはいつだったか。小学校・・・五年ぐらいだっただろうか。確か階段で、だったと思うが、定かではない。
 山根女史に確認しようと思って顔を上げると、すでにいなかった。なんて逃げ足だ。
「山根先輩なら颯爽と部屋を出て行きましたよ」
濱田がやたら「颯爽」の部分を強調していった。それはそれは颯爽と出て行ったのだろうが、できたらもう少し待ってもらいたかった。
「足を折ったのっていつですか?」
「俺もあまり覚えていないが・・・確か小学五年のころだっただろうな。階段で誰かに押されたんじゃなかったっけな」
 そう、確かふざけて遊んでいたところ、誰かに押されたのだ。そして躓いてそのまま階段を転がり落ちた。なかなか危険な遊びだ。
「そのせいで性格が捻じ曲がったと」
「足を折っただけだ。脳に影響はない」
「でも人格には影響が出ているかもしれませんよね?」
「できの悪い後輩がいたら性格も悪くなるが、階段から落ちたぐらいで人間は変わらん」
「杉山くんに失礼ですよ」
「本気で言っているのなら、ある意味でたいしたものだな」
 しばし、重い空気が流れる。ひょっとするとさすがの濱田でも気を悪くしたのだろうか。そうであるならまだ見込みがあるのだが。
「しかしあれだ。実際、一度怪我するといろいろ勉強になるぞ。周りの親切が身に染みてな。ありがたみが沸くってものだ」
「今杉山くんに優しくしているのは、その経験からってことですか?」
「まあ簡単に言うとそうなる。いい循環じゃないか」
「足折ると生活不自由だったでしょうね」
「そういえばそうだな・・・あまり覚えていないが、周りに手伝ってもらったから、さほど苦でもなかったってことか」
「それはやっぱり、山根先輩も・・・」
 急に声がしぼむ。言いたいことがあるならはっきり言えばよさそうなものだ。
「山根がどうかしたか?」
「・・・やっぱりいいです。聞くとむなしくなりそうですから」
「? まあいい。俺もそろそろ帰るぞ。濱田はどうする?」
「帰りますよ。一人で部室にいてどうしろっていうんですか?」
 濱田はぶつぶつと文句を垂れながら荷物を手に取り、俺の後について部室を出た。まったく、かまってやったところで不平を言われてはたまったものじゃないな実際。

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