翌朝、俺が教室に入ると、柴田が早速近づいてきた。俺は濡れた傘を傘たてに差し、柴田に朝の挨拶をする。親しき仲にも礼儀あり。挨拶は人間としてのたしなみといえよう。
「お早う」
「おう。お前、昨日いつの間に帰ったんだ?」
そう。俺は昨日、掃除をする気には最後までなれず、こっそり一人で帰った。
「いつの間にか、かな。掃除はどうだった? 楽しかったかい?」
「いや・・・あまり面白いものじゃないな。でもまあしょうがない」
「・・・お熱いようでなによりだよ」
「からかうな!」
そうこう話しているうちに、森井が教室に入ってきた。柴田は颯爽と俺から離れ、森井の元へ向かう。ああ、馬鹿だ。
何の陰謀が働いたのか、俺、柴田、山根、森井は、高二になって全員同じクラスになった。もともと大して大きい学校じゃないからありえない話ではないのだが、それにしたってできすぎていることは否めない。どうも何者かによって都合がいいらしい。かといって作者を責めないでやってほしい。
しばらくすると教師が教室に入ってきて、普段どおり授業が行われた。高二になったからといって基本がそう変わるわけではない。もっとも高三になったらどうなるのかはまだわからないが。
「荒川先輩いますか?」
昼休みに、濱田が突然教室に現れた。教室まで来るのは初めてのことだったので、俺は少し驚いた。昼食を食べていた箸をおき、濱田のほうを見る。
「今日も部活あるんですか?」
「したければすればいいだろ」
「・・・なんでそう素っ気無いんですか?」
「荒川の後輩?」
斜め後ろに座っていた山根女史が口を開いた。ちなみに席はくじ引きによって公平に決められており、悲しむべきかな、山根女史は俺の斜め後ろというわけだ。おかげでおちおち授業中に寝られもしない。
いきなり声をかけられて、濱田は少し驚いたようだった。が、すぐに気を取り直して愛想のよい笑顔を浮かべる。
「はい。高一の濱田です。えっと」
「山根よ」
「山根先輩ですか。先輩からも荒川先輩に注意してくださいよ。後輩を大切にしろって」
今名前を知ったばかりの人物にもう依頼までするとは、濱田の面の皮の厚さが知れるというものだ。もっとも、そこが彼女の長所でもあるのだろうが。
「荒川くん、後輩を大切にしなくちゃだめじゃない」
「・・・その言い方、気色悪いな」
同じクラスになって以来、山根女史の俺に対する態度はどこかおかしい。君付けしたりしなかったり、規則性が全然見出せないのだ。乱数表でも用いているのだろうか。
「で、どうなんですか先輩?」
「少なくとも、俺と柴田はどうせ部室にいるよ。部活があるかどうかは知らんがな」
「じゃあいいです。また放課後お会いしましょうねー」
濱田はそういって小走りに教室から去っていった。元気なやつだ。廊下で滑って転んでも知らんぞ。
「可愛い後輩じゃない」
山根女史がいきなりそんなことを言い出した。俺は姿勢を彼女に向ける。
「誰が?」
「今の子よ。濱田さん? 化学部に女の子がいたなんて知らなかったわよ」
「話さなかったか?」
「知らなかったって今言ったでしょ?」
「別に・・・いたところで問題はあるまい?」
「そりゃそうだわ。問題なんて言っていないじゃない」
どうも何が言いたいのかわからない。結論を言ってくれるように頼んだほうがいいだろうか。
「・・・二人の話聞いていると、なんかいつも喧嘩しているみたいよね」
森井女史がポツリとつぶやいた。
「そう?」
「そうよ。中学からの仲でしょ? なんでそんな、話すたびに険悪な感じなの?」
「別に・・・険悪なの?」
ここで俺に尋ねるかね、こいつも。
「さあ・・・? 人が言うならそうなのかもしれないな」
「あんたって本当に・・・もういいわ。なんか面倒になった」
「でもあれよね。早織と長く話す男子、荒川くんだけよね」
そう言われてみるとそうかな。山根女史に異性の友人は少ないのか。というか、彼女が男と話す場合、男が何か彼女の意見にそぐわないことを言うと一秒で切り捨てるからじゃないだろうか。
早織様が斜め後ろにきたことを嘆いているところで「おかげおちおち」となっていますが、「で」がぬけてません?