しきりに降る雨は窓ガラスに触れるたびに音を立て、静粛なる部室にいくらかの変化を与える。だが、長く聞いているとそれさえも規則的に思えてならず、俺の退屈を晴らすほどではない。ああ、実際そろそろ晴れないものだろうか。今週に入って雨の降らない日があっただろうか。まったくもって鬱陶しいものだ。
「先輩、何で本なんか読んでいるんですか?」
この俺、荒川征也を先輩と呼ぶ者がいるようだ。だが、それが俺にとってなんだというのだろうか?
「先輩? シカトですか? かわいい後輩が声をかけているんだから、返事ぐらいくださいよー」
しつこい野郎だ。いや、野郎ではない。しかし実際、女にだって「野郎」といいたいこともある。女性の場合はなんと言うのが正しいのかな。今度調べておくか。
俺は読んでいた科学雑誌を置いて顔を上げ、声を発した者の顔を見た。見なきゃよかったかな。
「なんだね、濱田くん?」
「なんだね、じゃありませんよ。なんで無視したんですか?」
「俺が? 何を無視したというのかね?」
これぐらい開き直っておいたほうが無難だろう。が、濱田は幾らか気を悪くしたらしく、ちょっと怒ったような顔を見せる。
「私がこの部に入って、先輩方が実験しているの、五回ぐらいしか見た覚えがありません」
その声を聞き、部室の反対側にいた部員の柴田がおもむろに立ち上がった。濱田は驚いて柴田を見るが、柴田は気にする様子もなく、棚にあるノートを手に取り、ぱらぱらとめくった後こう言った。
「正確には四回だな。部誌にきちんと書いてある」
柴田は満足げにノートを元の場所に戻し、先ほど座っていた椅子に再び腰掛けた。あっけにとられていた濱田ははっとわれに返り、俺に向かって怒鳴る。
「もっとだめじゃないですか! この部、本当に化学部なんですか?」
「雨の日に実験なんてするもんじゃない」
「じゃあどんな天気ならするんですか?」
しつこい女だ。
「天候に左右されるようでは、一人前とはいえんな」
「・・・先輩と話していると私の頭がおかしくなりそうです」
「なら、話さないのが円満な解決法ではないか?」
俺が言い切ると、濱田は文句を言いたそうな顔でぶつぶつ言いながら、俺が途中まで読んでいた雑誌を勝手に奪って読み始めた。まったく、先輩を何だと思っているんだ?
濱田は今年入ってきた新入部員だ。俺も柴田も一切勧誘を行っていないのにかかわらず、今年はなぜか五人も部員が入った。もっともその中の四人は他の部と兼部しており、我が化学部だけにしか所属していないのは、ここにいる濱田だけだ。余談だが、女子新入部員もこいつだけだ。
濱田は薄くはあるが化粧などもしており、どこからどう見ても化学などという愚かしいものに興味を示すようなタイプではない。実際本人もそれほど興味はないといっている。なら入るなと一喝してやりたいところだが、化学の成績向上のために入ったそうで、それならそれで文句は言えない。実際のところ、部費さえ払えばどんなやつでも許そう。逆に言えば、部費を払わなければどんなに崇高な志を抱いていようとお断りだ。
化学に興味ないなら実験にも興味はないはずだが、実験を見るのには興味があるという不可解極まりない趣味を持っている。今、俺と柴田に実験を要求したのもそのためだ。こういうやつはどうせ甲子園に出場もしないくせにテレビ観戦は熱心なのだ。もっとも、女子は甲子園に出場できないというくだらない規定はあるのだが。
雑誌に飽きたらしく、濱田は顔を上げるとまた俺に向かって声をかけてきた。たまには柴田に声をかけてもよさそうだが、柴田はそれを避けて部室の隅にいるわけで、必然的にその対象は俺に定まってしまう。
「部活もしないのに何で部室に来ているんですか?」
「しているだろ? 科学雑誌を読んで化学の教養を高めている。立派な部活じゃないか」
「そりゃそうかもしれませんけど・・・この部室、湿気っぽくありません?」
「雨なんだから当たり前だろうが。お前、天気を変えられるのか?」
「そういう意味じゃなくて、この部屋にいると気分悪くなりません?」
「なら出て行け」
「またそういう・・・掃除しません? こんなんじゃ部室中カビだらけになっちゃいますよ」
ころころと話題を変える奴だ。ひとつの話題を徹底的に議論し尽くそうという態度が見受けられない。
「あ、掃除してくれるなら俺のロッカーもよろしく」
柴田が遠くから当たり前のように言い出した。さすがにその態度は濱田の癪に障ったらしく、柴田をにらんだ。
「みんなで掃除しましょう、って言っているんです。柴田先輩もそんなところで本なんか読んでないで、もっと行動したらどうです?」
「行動か・・・具体的にはどういう?」
「ですから、この活気もなくて薄汚くて不快指数の高い状態を改善するために、なにかしてくださいよ」
「・・・よし、テルテル坊主を作ろう」
柴田はそういって、毅然として立ち上がった。
「いい意見だ。俺も同意しよう」
そういって、俺は柴田のためにティッシュペーパーを探す。目的のものは机の中央のほうで、プリント類の中に埋まっていた。俺はプリントをどかして取り出し、柴田に投げる。柴田は無言で受け取り、小さくうなずいた。うむ、これぞ男同士の友情というものだ。
俺が感慨に耽り、柴田がテルテル坊主の作成にいそしみ始めると、濱田は大声で叫んだ。
しかしよく考えると、小さな声で叫ぶということはまずない。これは重複しているかな。
「もっとまじめに考えてください!」
なにやら眼光が鋭くなり、息も荒くなっている。そこまで怒ることもないだろうに。近頃の女子高生は食生活が悪いから、カルシウムが不足しているのだろうか。そういった栄養状態を改善することで、体重も減るし便秘も解消される。化粧などに精を出すより食生活を見直したほうがよほど美容にいい。別に精進料理を食べて暮らせとまでは言わないが、人間の抱えるたいていの身体的な悩みは、適切な睡眠時間、栄養、それに運動で解決できるものだ。
「柴田先輩も、掃除ぐらいしないと森井先輩に嫌われますよ」
柴田と森井女史が付き合っていることは、すでに濱田も知っている。その言葉で、柴田はテルテル坊主を製作する手を止めた。ああ、なんてこった。こいつはここまで軟弱な男になっていたのか。
「・・・本当か?」
「当たり前です。いまどき、家事ぐらい男性も率先してやるべきなんです。それに、不潔な男の人を女性が好きになると思いますか?」
柴田はその言葉を聞いてしばし考えた挙句、テルテル坊主作成のために出したティッシュをそのままゴミ箱に投げ入れた。嗚呼、男の崇高なる意思も、ちょっと女が絡むとこれだ。こんなやつと友になった俺が阿呆だった。
さて内容ですが、「雨の日に実験なんてするもんじゃない」なんていってるあなた自身が一番天候に左右されていると思うのですが… それとも自分が一人前でないと言いたいのでしょうか?
しかし、こっちは中間真っ最中ですよ。なんか時期をねらって小説をアップしてません?成績悪かったらあなたのせいですよ?