センター試験の結果は遠い異国でも影響を与えています。ややネガティブな文章になると思うかもしれませんので、よろしくです。というかめっさ長いです。
この試験、私も再来年になったら受けるわけですよね。まだ進路もぜんぜん定まっていません。私がメキシコに来た後で、もと居た学校では多少、進路指導みたいなのがあったらしいです。そういうのを受けていないわけですね、自分。というか、もう受けることはないのかもしれません。教師とか信頼したこと一度もありませんけど、話すことでなにか得るものはあるのかもしれません。
理系か文系か。実にナンセンスな区別の仕方だとは思いますけど、それでもやっぱりそれを選択する必要はあるそうです。大学には行きたい、というよりまだまだ社会に出られるほど大人じゃないですから。哀しいけど。酔っぱらった父の同僚と世間話が出来ても、あちらは大人でこちらは子供なんですよ。その境界は大きいです。
自分、文系か理系か。迷いました。今でも本当のことを言うと迷っています。興味のある分野は文系なんですよね、文章なんて書いていますし。でも、究極のところ、私の興味は「人間」に向いているんですよね。文系の科目は、自分が本気になれば一人で出来る気がするんですよ。出来なかったら、それは本気じゃないだけで。それで私は理系の人間になりつつあります。理系の科目は個人じゃ出来ないんですよね。実験とかいろいろ。
それで自分がどういう職につくのか考えてみると、なかなか面白いんですね。小学一年のときは陶芸家とかにあこがれていました。何を考えてたんだか、今になってはわかんないです。それから五年生までは中国に親の仕事の都合で行っていたんですけど、将来について考えてみたこともありませんでした。時折、先生とか、警察官とか、弁護士とかに憧れてもみましたけど、すぐに捨てました。私には「正義感」がないんですよね。だからこういう職業は無理だな、と。
小学校の卒業文集を見ると、「芥川賞作家」とか恐ろしいことを書いています。今でも赤面ものですね。当時は何を考えていたんでしょうか。でも、その夢は今も捨てていません。そのときに親しかった女子は「精神科医」とか書いていました。あんまりその人の家庭事情は知らなかったんですけど、なんかお父さんと血がつながっていないそうです。それをみたとき、私は失礼にも笑ってしまいました。その職業は、実は私の父の職業なんですね。
今、自分の心はそんな笑われる職業に傾いています。「人を知る」という目標にかなっているんじゃないか、そんな気がするんですね。それで今のところ、東北大学に行ってみたかったりします。理由は稚拙にも、尊敬する作家の出身だからです(プロフィールにこっそり書いてありますが、北杜夫さんです。精神科医で芥川賞作家)。それと、東京から離れたいという思いがあります。
そもそもメキシコに来たのも、慣れた環境から抜け出すためなんですね。その空気は凄く好きだったんですけど、それに甘えてはいけないのかな、なんて思って。ぜんぜん駄目でしたけど。東京に居ると世の中が見えない気がするんですね。日本に居るだけじゃだめだと思って海外に来て、さらにそんなことまで考えているわけです。こっちに来て、自分が日本を知らないことを痛切に感じました。
ですが親には東京の大学にいけといわれます。というか、ぶっちゃけ東大に行けとかいいます。自分そこまでは成績よくないんで落ちるのが前提なんですけど、年子の兄が居るからお前は受からないほうがいい、とかそういう流れで。言いたいことはわかります。でも私だって行きたい学校を受けたいです。んで今回、その上の兄も雲行きが怪しい。彼の状況が手に取るようにわかるのは、やっぱり兄弟だからなんですかね。認めがたいですが。
二月一日に小説をアップしようと思って、まあこの日付から内容の想像がつく方も居るでしょうが、中学入試に関する話を書いていたんですね。で、三日で書き上げてしまいました。(ちなみに自分の短編は原田宗典さんの影響をかなり受けています。「やさしくってすこし、ばか」という短編集が面白いので、一度是非読んでください。)内容はちょっとした受験批判なんですけど、やっぱり私なんかがどう思っても現状は変えられないんですよね。それを馬鹿にしてかっこつけても、かっこつけた分だけ馬鹿なわけです。でもアップはします。受験生応援という気持ちもあるので、読んでいただければ幸いです。
落ちがつかなくなってきましたので(予断ですが「落ち着かない」ってこういうことなんですかね)、どうにか落ち着けて見せます。
えっと。。。メキシコのトイレの横には、たまにゴミ箱が置いてあります。水圧が弱くてすぐ詰まってしまうから、使用済みの紙を入れるらしいです。マジで入っています。みるたびに気分が悪くなります。やっぱり流れって強いほうがいいですよね(落ちになっていると思ってくれる方はいるでしょうか?)