あらすじ:友達の智美が柴田くんにブラスバンドのチケットを渡すことを決意した。私は見返りのパフェに釣られて、協力することになった。 で、次の日。私は学校に来ていた。なぜって? もちろん、智美に「一緒に来て!」と言われていたからだ。なんでわざわざ用もないのに学校に来なきゃなんないんだか。その答えは、もちろん、パフェが私を招いたから。
そして今、私は智美に連れられて化学実験室の前にいる。くさい。どことなく雰囲気も暗いし、荒川はよくこんな部に入っていられるわね。
「で、早く入んなさいよ」
「・・・早織からどうぞ」
「なんで私が? 用事があるのは智美でしょ?」
「う・・・」
「・・・なんか用?」
ドアがいつの間にか開いており、荒川が私をいぶかしげな表情で見てくる。あんた、立ち聞きしていたの? 悪趣味ね。
「おはよう、荒川くん」
私は外向けの顔を作って微笑む。智美がいる前だし、部屋の中には柴田君もいるからね。
「ああ、十二時は過ぎているけどおはよう。用件があるなら早く済ませたほうがいいな。山根さんと・・・どなたでしたっけ?」
「・・・荒川くん、私のこと覚えてないの? 一年間同じクラスだったじゃない」
智美がさすがにあきれたように言う。あ、同じクラスだったわね、そういえば。荒川も覚えていてもよさそうなものなのに、まったく気が利かない男ね。
「・・・ああ、森井さんだっけ?」
「そうそう」
「一度も話したことない人の名前なんて覚えられんよ、申し訳ないけど」
そう、こいつはそういう奴だ。逆に、一度でも話すと絶対に名前を覚える。
「で、何の用なのさ?」
「し、柴田くん、ここにいる?」
「柴田? そこで寝ている男のことか?」
荒川の指差す方を見ると、柴田くんが実験室の椅子を並べて寝ていた。バカっぽい顔しているわね。男の子が寝ているのを見るの、珍しい。見ていて楽しいもんじゃないわね。
「起こす?」
「・・・荒川くん、これ」
智美はそう言って荒川にチケットを差し出した。荒川はそれを見てあからさまに深いそうに顔をゆがめる。
「これ、柴田くんが起きたら渡しておいてくれない?」
「・・・かまわんよ」
荒川はそう言って智美からチケットを受け取る。智美はいくらか荒川に礼の言葉を述べて、急ぐように私を引っ張って化学実験室を出た。
「直接渡さないでいいわけ?」
「だって・・・」
「まったく、気持ちはちゃんと自分自身で伝えないと」
智美は私の言葉に、少ししょげる。するとすこしして、妙なことを言い出した。
「そういえば、早織って荒川くんと知り合いだったのね」
「え? あ、知らなかった? 中学が一緒だったの。それで、ね」
「それだけ?」
「何でそんなこと聞くのよ?」
「だってほら、荒川くん、早織の名前がすぐに出てきたじゃない」
なんでそんなくだらないことに気がつくのよ。
「偶然でしょ、そんなの。考えすぎよ」
「・・・なんか、隠してない?」
智美は私をじろじろ見てくる。私が何を隠しているって言うのよ。そりゃ幼稚園も小学校も一緒だったけど、そんなの教えたってしょうがないでしょ。
それでも智美はしつこく聞いてくる。うっとうしい。ええい、なんか話題をそらす方法はないものか。
「あ、先輩」
廊下を見ると、吹奏楽部の佐々木先輩が歩いている。あちらもこっちに気がついたらしく、のこのこ歩いてやってきた。ちなみに佐々木先輩は、今回の演奏会では指揮を担当する。高三最後の晴れ舞台ってことね。
「山根に森井か。今日は練習ないのに、なんでいるんだ?」
「先輩こそ」
「おれ? 部室に忘れ物しててね。取りに来ただけだよ。お前らは?」
「智美がチケット渡す相手を探しに」
「さ、早織! 変なこといわないでよ」
「へー・・・森井が、ねぇ」
「先輩!」
智美は顔を真っ赤にして佐々木先輩に抗議する。初々しいわね。
そんなこんなで、あっさりと四月一日。舞台裏では、皆ちょっと緊張した表情だ。私は中学からやっているし、場数を踏んでいるので全然問題ない。問題は智美ね。さっきからそわそわと客席を覗いている。
「柴田くん、来てるの?」
「・・・うん」
あ、来ていたんだ。驚きね。となると、去年の夏休みの件は本当に智美の演奏を聞きにきていたってこと? それなら悪いことをしちゃったわね。まあいまさら謝る気はないけど。
「よかったじゃない。頑張らないとね」
「あー、緊張しちゃうよ・・・呼ばなきゃよかった」
何言い出すんだか、まったく。わざわざ私まで利用しておいて、そんなこと冗談でも言わないで欲しいわ。あ、結局パフェ、まだおごってもらってない。今言い出すのはさすがに自分でもどうかと思うから、演奏終わってから忘れないように言っておかないと。
「あれ?」
「ん? どうかしたの?」
「荒川くんが来てる」
「うそ!?」
私は驚いて客席をのぞく。すると、確かに隅っこの方に、荒川が一人で腰掛けていた。柴田くんは前のほうに座っており、どうやら荒川がいることに気がついていない様子。しかし荒川、来ないっていっていたのになんで来たのかしら。
「誰からチケット貰ったんだろ? 早織、荒川くんにあげたの?」
「え? あ、いやその・・・そうそう、うちのお母さんと荒川のところのお母さん、中学の頃一緒にPTAをやっていて、それでお母さんがチケットをあげたのよ」
私は慌てて言うが、智美は意地悪く微笑む。
「へー、早織と荒川くん、そんな仲だったんだー」
「なに変なこと言うのよ! 私と荒川が、どんな仲だって言うの?」
「早織、柴田くんはちゃんと『くん』付けするのに、荒川くんにはしないのね」
・・・くっ、なんで急に観察眼が上がるのよ。さっきまで演奏の緊張で大変そうだったじゃない。人の弱みを見つけると急に生き生きして。
私がどう答えていいか迷っていると、佐々木先輩がやってきた。
「ほらほら、二人とも緊張しているのは分かるけど、舞台裏で大声出すな」
「はーい、すみませんでしたー」
智美は少しも悪ぶれずに答える。佐々木先輩の顔を見ると、ちょっと赤い。緊張しているんだろうな。この会場は学校の近くにある区のホールなんだけど、客はたぶん三百人ぐらい来ている。指揮者が緊張するのも無理ない話。と思っていると、先輩は突然、私のほうを向いた。
「なあ、山根」
「はい? なんですか?」
これでも私は、先輩には多少丁寧語を使う。尊敬語と謙譲語は使わないけどね。
「・・・やっぱいいや。後で話す」
「・・・はあ」
なんだろ? 緊張しているみたいだし。あ、ひょっとして来年度の部長になって欲しいとか? そりゃ大歓迎だわ。
司会の挨拶と曲紹介が終わった。前のほうにいる智美を見ると、かなりあがっているみたい。まあこれはもうしょうがない。習うより慣れろって話ね。私ほどの余裕があると、部員のみんなの状態も確認できるし、客の様子も伺う。
お、柴田くん発見。まだ起きているわね。最後まで起きていたらちょっと評価上がるわ。まあ柴田くんはどうでもいいとして、荒川はどのあたりだったか・・・あ、あれか?
・・・寝ているように見えるのは気のせい? 遠いし客席は暗いしではっきりとは見えないけど、顔が下を向いている。せっかく来といて寝るか? 普通。バッカじゃないの?
そんなこと考えていると、佐々木先輩が客席に向かって一礼し、私たちの方を向いた。私は慌てて演奏の用意をする。
大変申し訳ございませんが演奏シーンは割愛させていただきます
演奏シーンは少し期待してたんですけどね。実は荒川が恥をかかせに来ていたとか。
しかし幼なじみってそんなにも隠したい物ですかねぇ。へんな誤解されたり、苦し紛れの言い訳いうよりよっぽど怪しまれないと思うのですが。