私はインターホンを押した。軽い電子音が聞こえるが、中から返事はない。連打する。中にいるのは分かっているのだ。早く出てこないあいつが悪い。
二十回ほど立て続けに押した後、ようやくインターホンをとった音が聞こえた。やる気のない声が、機械を通すことでますますこもって聞こえる。
「・・・なんだよ、山根か。俺は寝ていたんだぞ? 春休みに遅くまで寝ている人間を起こすとは、何考えてんだ?」
「つべこべ言っていないで早く出てきなさいよ、荒川」
私は荒川の言葉を無視して言う。荒川は嫌みったらしくため息をついたあと、「ちょっと待ってろ」と言って切った。幼馴染がわざわざ来てあげたのに、なんて態度なのかしら。
私―――山根早織と荒川征也は幼馴染と呼ばれる関係にある。幼稚園から同じ学校に通っているから、その呼び方が間違っているとは言わない。でも、その響きはどうも気に食わない。理由はないんだけど。
ガチャリ、と音がしてドアが開いた。ぼさぼさの髪をした荒川が、無愛想な顔をして現れた。
「休みだからって不健全な生活ね。ご両親が出かけているからって、すぐにだらけちゃ駄目じゃない」
「説教するために来たのか?」
「もちろん、違うわよ」
私は持っていた紙を荒川に渡す。荒川は疑わしげな目でそれを眺めた。
その紙は、私の入っている吹奏楽部の春の演奏会のチケットだ。部員は、出来る限り客を呼ばなくてはならないことになっている。面倒だから荒川に渡しておくのが手っ取り早いってことね。
「・・・手の込んだエイプリルフールだな。どこで印刷した?」
「は?」
「演奏日、四月一日じゃないか」
「・・・あんた、何考えてんの? エイプリルフールのためにこんなもの用意するわけないじゃない」
「・・・つーことは、これは本当に演奏会のチケットなのか」
当たり前でしょうが。今までのは本気で言っていたの?
「そうか・・・悪いが結構だ。他を当たってくれ」
「何で断るのよ? どうせ暇でしょう?」
「そう、暇だ。春休みは学校の休みの中で最もすばらしい休暇だ。学年が変わるために、教師から宿題を出されることもない。学生は夏休みなどと違い、ここでこそ真の休息を得られる。そんな中、興味もない音楽会のチケット貰ったところで、果たして行きたいと思うであろうか」
「興味を持つために来なさい。食わず嫌いはよくないわ。理論をある程度構築したら、実験で確かめるのが基本よ。あんた、化学部でしょ?」
荒川は私の反論に詰まった。どうせ適当に言っているだけなのだから、追求すれば私が勝つに決まっている。
「・・・別に他の奴誘えばいいだろう? ほら、柴田を誘え、柴田を」
「柴田くんを誘ったら、あっちが勘違いしちゃって可哀想じゃない」
柴田君は私のクラスメイトだ。あ、でももう学年は終わったわけだし、来年も一緒とは限らないわよね。
まあそれは置いておいて、彼はホワイトデーの日、私に告白してきた。バレンタインにクッキーを配ってしまい、余計な期待をあげちゃった私がいけないことは認める。私にそんなもんもらったらそりゃあ勘違いしちゃうわよね。
当然、その告白はあっさり断った。ここで柴田くんを誘ったら、私が彼に気を持ったみたいでどうもよくない。
「・・・なんか他に誘うやついないのか? 俺が聞いてもしょうがないって」
「つべこべ言わず、受け取りなさいよ。貰って損することもないでしょう?」
「あげた君が損するかも知れんぞ」
「じゃあ家に上げてくんない? 私も今日、暇なのよね」
「・・・どういう流れだ?」
「この間、うちに上げてあげたでしょう?」
「・・・それもそうだな。チケットはとりあえず後にしよう」
荒川が意外とあっさり私を家に入れてくれた。断っても無理やり入ったかもしれないけど。
「なにが欲しい?」
ソファに座った私に、荒川が声をかける。飲み物、と言う意味でしょうね。ここでお金とか答えたらどうするつもりなのかしら。
「何があるの?」
「液体」
「・・・冷蔵庫に頭突っ込んで冷やしなさい」
「冗談だよ。そこまで怒るか?」
「あんたの冗談はつまんないのよ。タイミングがわけわかんないし」
「長い付き合いなんだから、それぐらいわかってくれ」
「炭酸ない?」
私は荒川の言い分を無視する。荒川は素直に冷蔵庫を覗いたあと、
「ないな」
とだけ答える。
「じゃあお茶」
「熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
「水出し玉露」
「二十四時間待て」
荒川と私はしばらく顔を見合わせて、思いっきり笑った。バッカな会話だ。
「飲み物はいいわ。あー、何しに来たんだっけ?」
「別に何もないだろう? 暇だから、って言っていたじゃないか」
「そうそう、演奏会ね」
「諦めてくれって。他に誘うやつ、お前ならいくらでもいるだろう?」
「そりゃいるけど、誘ったら気があると思われるじゃない」
「女ではいないのか?」
「たいていの女子にはもうあげているの。いくらか男子も誘わないと、ちょっと人数が足りないのよね」「チケット、置いていく分はかまわないけど、たぶん行かないぞ」
荒川はそっけなく答える。なんでそんなに行きたくないのよ?
「だってお前、これでお前に誘われて演奏会なんて行ったら、柴田に悪いじゃないか」
「・・・そういう理由なの?」
「主にね」
「本気で言ってる?」
「俺が嘘をついても、お前には分かるって前に言ってなかったか?」
そう、荒川が嘘をついたらその表情で私にはすぐに分かる。長い付き合いだものね。で、今の顔は、明らかに嘘。
「嘘ついているでしょ?」
「正解だ」
荒川は当然のように答える。開き直り、とも少し違う。本気で隠している「何か」があるのかもしれない。もっとどうでもいいことに嘘をついたら、こいつはもっと慌てる。本当のことを言う気がまったくないから、ここまで落ち着いているのだ。
「・・・わかったわよ、いいわよ。あんたがそこまでけち臭い男だなんて思ってなかったわ。幻滅」
「自分の思い通りに相手が動いてくれないからって、その人をけなすって言うのは褒められたものではないな」
「うるさいわね!」
「僕には君の声のほうが大きく聞こえる」
「わかったわよ。悪かったわね、せっかくの休みに邪魔して。お前なんか来るなバカ!」
「だから、最初から行かないと言って」
私は荒川の言葉を聞かず、そのままソファーから立ち上がって荒川の家を出た。なんであんなヤツにチケットをあげようなんて思ったんだ、私は。
続く。
メキシコにいらっしゃるとか・・・私には創造もつかない
環境になのだと思いますが頑張って下さい。
小説の続き楽しみにしてます。