今日も日記です。今日起きた出来事です。小学生のころ、日記なんて三日ももったことなかったですよ、自分。たぶん、手で文字を書くのが面倒だったのでしょうね。最近日本語を手で書いていないなぁ。きっと凄く下手になっていることだろうなぁ。
今度、当地で「インターナショナルフェア」なるものが催されるそうで、在墨(メキシコって漢字で「墨」なんですよね。アメリカが米みたいに)日本人もなんかやるそうです。で、学生はなぜか「和太鼓」か「ソーラン節」をやるということだそうです。なんででしょうね。それが日本の文化なんでしょうか。
それで本日、和太鼓の練習をやったんですが、非常に疲れました。右腕が上がりません。そもそも、私はやりたくなかったんですね。面倒じゃないですか。太鼓がしたかったら「太鼓の達人」でもやってろっていう話です。したくないやつに無理にやらせるほどのイベントとも思えないですし。私は何事も強制されると嫌なので(たとえ自分の好きなことでも)、どちらにしても嫌でしょうけど。
そんな風に渋々と練習に向かったんですが、ほかの日本人の方々は妙にやる気があるんですね。普通サボるだろ、と思わず言いたくなりましたが、そんな空気でもありませんでした。日本の学校に居たころの友人は一般的に真面目の方向性を間違えているやつが多く、義務的なものに情熱を燃やす人は皆無でした。稀に情熱を持つやつも居ますが、大体友人ではありませんでした。馬が合わないってやつです。人生観の違いを感じます。私の人生観はまた今度の機会に語ります。知りたい方がいらっしゃるのなら。
それでいろいろと考えたんですけど、彼らは「いい子」なんですね。多くの人が親の仕事上の都合でここまでついてきて、和太鼓なんてさせられているわけです。こちらは治安的によくないので、子供だけで外出も碌にできませんし、日本の子供より親と接している時間が長いんじゃないでしょうか。それの是非は問いませんが、その結果として子供が親に逆らうことの出来ない状態に置かれているように思えます。私からすると、非常に窮屈な気がします。でも、ここではそれが当然なわけです。
あと、それ以外にも理由はあると思います。小さい日本人社会の和を乱さないために、お互い遠慮しているような気がするんですね。本音で話せないような気がします。私もこちらに来て誰かと本音で語り合ったことはないですが、そのせいかどうも考え方が冷めてきている気がする次第です。当たり障りのない話題で、少し笑う。そんな生活はどうも私には向いていません。だからこんなものを立ち上げたんでしょうね。
みんな本当はいろいろ思っていることもあったんだろうけど、馴らされてしまったのかなぁ、なんて思った一日でした。