記事タイトル→2006-03-18 Sat  花と、夜と記事タイトル←

予告通り小説ですよ。お花見小説ですよ。大して花について触れていませんよ。そもそも僕は花見に行った記憶が一度ぐらいしかないですよ。しかも幼稚園の頃だったと思いますよ。友達と遊んだ記憶しか残っていないですよ。またお酒について触れていますよ。僕はお酒を飲んだことはほとんどありませんよ。でもついつい書いちゃいますよ。なんか重いこと書いていますけど、高校生が戯れで書いちゃっているだけですよ。重く受け止めてはいけませんよ。

*
 青いビニールシートが、風で揺れる。きちんと敷いていたのに、全体にしわが寄ってしまった。男は舌打ちした後、四隅に置くものが必要だと思い当たる。
 辺りを見回してみたものの、暗いためにそれにふさわしいものは見当たらない。とりあえずビニールシートの中央に荷物を置き、公園内を探し回ることにする。
 深夜の公園はどうも昼間と違い、人を排除する「意思」が感じられる。日の光の下では輝くように青い草々も、闇に染まるとこれほどまでに排他的になるということが、男には不気味に感じられた。
 公園の隅にあるゴミ箱を除いてみるものの、何一つ入っていない。空き缶ぐらいはあるだろうと期待していたのだが、片付けられてしまったか。男は腕時計のバックライトをつけて、あたりを照らしてみる。公園を出る道は、意外と近くにあった。コンビニで酒と夜食でも買ってくればいいか。男はそう思って、公園を出る。
 男が深夜に公園にいる理由は、新入社員だから、だといって差し支えない。つまりは花見の場所取りをさせられているのだった。言いたいことはいくらもあった。こんなものが業務のはずがない、そういいたかった。俺がこの会社に入ったのは、そんなことをするためではないと。だが、職場の上下関係は、男の反対をつぶす程度には強力だった。新入社員である自分に、上司に逆らう権限など与えられていないのだ。そのことで男は、自分が学生でないことを痛切に思い知った。
 コンビニの明かりが、男にはやけにまぶしく思えた。二十四時間営業するという業務体系は、このときの男にとって便利この上ない。男以外の客は居らず、今この店にいるのは、店員と男だけであろうことがわかる。店員はいかにも退屈そうな表情をしていた。
 缶ビールを二本と、弁当と、それと適当なつまみ選び、レジに出す。近くでよくよく見てみると、アルバイトの店員は男よりもいくらか若かった。大学生か。男はそんなことを思う。深夜のバイトと俺の初任給、どっちが高いかは見ものだろうな。
「―――お会計、千三百二十三円になります」
 店員の声で、男はあわてて財布を取り出す。なんとなく、この店員に哀れまれているような気がして、いっそう気が焦ってしまう。
「二百二十七円のお釣りになります」
 店員から小銭と品物を受け取る。小銭を財布に入れようとして、男の目に募金箱が目に入った。コンビニで、いつでも適当な理由を設けて行っているようなものだ。男はしばし戸惑った後、お釣りの中から七円だけ取り出して募金箱に入れる。
「ありがとうございました」
 後ろで、店員の声が聞こえた。これでまたしばらくは、あの店員は一人レジに座って客が来るのを待つのだろう。そんなことを考えながら自動ドアをくぐり、男は再び夜の公園に向かう。
 青いビニールシートの上に、薄桃色の花びらがずいぶんと落ちていた。男は持っていた荷物を地面に置き、シートをはたいて花びらを掃う。それでもいくらかは、それ自体の持つ水分でシートにくっついており、シートからはがれない。男は面倒になって再びシートを地面に敷き、隅の方に脱いだ靴を投げ、固定する。残る二隅の部分には、会社から渡された寝袋をおいた。こんなものがなんのために職場にあるのか、その理由を思うと、男は意味もなく笑いたくなった。疑問に思ったところで、それに文句を言う資格など自分にはないのだ。そう思うと、乾いた笑いが止まらない。
 夜風が吹き、桜の花弁が舞い散る。男は急に冷静になって、缶ビールを開けた。冷静になってはいけない。酔ってしまわないと、とてもこの「業務」を耐え抜くことは出来ない。素面でこんなことをやってしまう自分がいるとしたら、それは男にとって相当嫌悪感を覚えるものだった。
 一本飲み干して、すこし落ち着く。酒を飲んで落ち着くというのも、今の男には妙な話に思えた。大学のころ、ビールの一気飲みといえばテンションを上げるためのものだ。自分が酔ったことに落ち着く自分なんて、当時の男には想像もできなかった。社会人と学生の違い、と言う言葉で説明できるようなものではない。もっと大きなものがあるように思えた。
 男は空き缶をシートの上に置き、辺りを見回した。場所取りしている人間は、男以外にはいない。おそらく朝から人が増え始めてくるのだろう。早朝に場所取りするより、前日からした方が効率がいいってことか。いや、ひょっとすると、入社間もない俺が、夜まで働いていても仕方がないから、ここに追いやられたのか?
 ・・・まだ酔いが足りない。男はそう思って、もう一本の缶ビールに手を伸ばす。なぜもっと買ってこなかったのだろうか。こんなもの、すぐに飲み干してしまうに決まっている。そして、たった二本飲んだぐらいで俺が酔えるはずがない。学生時代、サークル内でも酒に強いほうだったのだ。
 しかし、また買いにいくと言うのもずいぶん馬鹿らしい話だ。どうにかして、この一本で上手く酔えればそれに越したことはない。そう思いながら男は、弁当をビニール袋から取り出す。これを食って早く寝てしまうのが一番かもしれない。男は、割り箸を折ってそんなことを考えた。
「あの・・・」
 男の背後から、声が聞こえた。驚いて反射的に振り向くと、冴えない顔の、初老の男性が立っている。振り向いた衝撃で、男は弁当を落としかけた。
「すいません、驚かせてしまって」
 男性は、丁寧に謝る。この年代の人間に接するのは、ずいぶん久しぶりだった。男は頭を下げられたもののどう答えていいかわからず、あいまいに言葉を濁す。
「花見の場所取りですか?」
「ええ。まあ」
 思い出したくなかった現実が思い起こされた気がして、男は少し不快になる。この老人、俺に何の用があるんだろうか。
「なにか御用ですか?」
 男は率直に尋ねてみる。老人はいかにもこびた笑いを浮かべ、なれなれしく答える。
「なに、たいしたことじゃないんですが、そちらの缶、捨ててきてあげましょうか?」
「・・・はあ、どうも」
 男は、多少不審に思いながらも空き缶を手渡す。以前、ホームレスが空き缶やら空き瓶を集めているのを見たことがある。一応、交換すると金になるらしい。だが、この老人の身なりはそこまで悪くないし、体臭もしない。ホームレスには見えない。なら、なぜわざわざ空き缶を?
「ありがとうございます。でも、なんでわざわざ・・・?」
「趣味ですよ。ちょっとした」
 老人はへらへらと笑う。酒が廻り、気の大きくなりつつある男には、それがやけに癇に障る。
 果たしてこんな趣味があるだろうか。深夜に人気のない公園まで来て、他人の空き缶を代わりに捨ててやる。ひょっとしたら、この公園の美化運動でもしているのかもしれない。例えば・・・そう、例えば、見かけの話だけでいうと、この男の年齢はちょうど「団塊の世代」ってやつだ。定年より一足早く、条件のいいときに退職し、かといって仕事がないのに耐えられず、町内の業務に精を出しているのかもしれない。これなら「趣味」といってもいいだろう。男は自分の作った理屈に、自分で納得した。
「この公園の花、有名なんですか?」
 男は、尋ねてみる。こういう質問したら、老人が飛びついてくるだろうと考えたからだ。勤務時代は近所のことになんて無知だったのに、やめてからはどんどん情報を仕入れ、得た知識を披露したいことだろう。なにせ疲労する相手もろくに居ないだろうからな。会社以外の場所なんて、仕事一筋ウン十年の人間にあるはずがない。
「ええ、有名ですよ。毎年凄いものです。ほとんど足の踏み場もないぐらい人が来て」
 なんとなく、その答えは予想したものだった。「足の踏み場もない」という使いまわされた表現が、いかにもそれらしい。
「・・・私も昔は場所取りをしたものです」
「本当ですか?」
 男は、ちょっと驚いた。老人はその反応を楽しげに見つめ、笑う。しかしその表情は先ほどまでのこびたものではなく、経験者としての威厳があるように見えた。
「ええ。あなたみたいに、前日の夜からね」
「それはまた・・・先輩ですか」
「そうですね。そうも言えるでしょう」
 老人は、なんとなく若返ったように見えた。昔を思い出しているのであろうことが、男にもわかる。
「あなたも我慢してください。新人に場所取りをさせる上司も、昔はする側だったんですよ」
 その論理は、どうも男には納得しかねた。職場が絶対であるという意識から生まれているのであろう、不平等な社会の仕組み。昔やらされたから今度はやらせる側になるというは、不幸の連鎖だ。どこかで断ち切る必要がある。
「俺は・・・私はそうは思いません。そんなの、ただの矛先を変えた復讐じゃないですか。おかしいですよ」
 酒の勢いもあっただろう、男はついそう言ってしまった。
「・・・若い人はそう思うんでしょうね。私も、同感です」
 老人は、男にとって意外なことに、素直に同意を示した。それは「理解のよさ」を見せるためではなく、心からのものに見える。
「命令で場所取りまでさせられて、年をとったらリストラにおびえて・・・」
 しばし、無言の時間が続いた。だが、それを打ち切ったのは、やはり老人だった。
「悪かったね、変なことを言って」
「いえ・・・」
「じゃあ私はこれで失礼するよ。場所取り、頑張ってくれ」
 老人はそう言って、男の飲み干したビールの空き缶を持って去っていった。男は、その後姿をじっと見ながら、考える。
 老人は場所を失って暇をもてあましていた、これはおそらく正しかったのだろう。だが、その次から間違っていた。あの老人は、町内会という場所を得たわけじゃなかった。まだ、自分が会社の一員であるという意識を引きずっている。そしてふと、入社したばかりのころのこの時期に、花見の場所取りをやらされたことを思い出す。それは、老人にとってあまりよい記憶でもなかった。だが、社会人になったという自覚に燃えていたときに得た、最初の辛さだったのだろう。ちょうど、今の男のように。でも、会社という組織に浸っていた老人は、それを一概に悪いとは言えなくなっていた。会社に言いたいことはいくらでもあっただろうが、老人は自分でそれを押しつぶしていた。そんなところだろう。
 男は、自分の手元にある弁当を触ってみる。乾いた感じを抱かせるプラスチックは、すでに夜風で冷め切っていた。男は割り箸を持ち、固くなってしまった白飯を口に運ぶ。その上に、花びらが一枚ひらひらと舞い落ちてきた。男は割り箸を置き、それをつまんでぼんやりと眺めた。そして、指先でころころと丸め、つぶしてみる。手に、花弁の持つ水が染み付きそうな気がして、指で弾いて飛ばしてみた。闇に紛れ、すぐに見失ってしまう。
 指を鼻に近づけて、臭いをかいで見る。酒で若干麻痺した鼻は、それをあまり快いものとは思わなかった。
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