乙一さんが変なことを始めたみたいですね。なんというか、おいおい、って感じです。
遠藤周作がエッセイで、
『「自分の人生は面白いから小説にしてくれ」というやつほどつまらない話はない』
と言っていたのを思い出します。
北杜夫も
「そういう人生を送っている人は言葉の端々にそれが現れるし、
その場合はていねいに話すほかない」的なことを言っていましたし、
清水義範にいたっては
『「自分のことを小説にしてくれ」というひとはこれぐらい壮絶な人生を持ってこい』
という内容の小説を書いていました。
また、清水義範はその小説中で
「大体書きたいことがあるから小説家をやっているわけで、
わざわざ他人に話を提供されないでも間に合っている」
というようなことを言っています。
はっきりいって乙一の作品は一つしか読んでいませんけど(何を読んだかは忘れた)、
いくらなんでもこれはひどくないか?と。
こないだジョジョの小説版を書いていたらしいが、
オリジナルが書けなくなったのだろうか。
それなら無理して書かんでも、少し休めばいいだけだろうに。
他人のアイディアで小説を書こうという人が不思議でしょうがないです。
もっともこれはちょっとしたヒントにする程度なのかもしれませんが、
僕に言わせると他人の考えた面白い小説のアイディアほどつまらないものはない。
実際につまらなければそれで終わりだし、
面白かったらそのこと自体が詰まらん。
人に小説のアイディアを聞いても利用したことなんか全くないぞ僕は。
「それはいいね」とか適当に相槌を打とうが頭の中では別のことを考えているし、
またそうであるべきではないだろうか。
仮にもプロなら素人のアイディアを大々的に募集をかけるなんてまねをすべきではない。
吼えろペンにも似たような話があった気もするな。
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